大好きな花散歩から世界最古、アプリコット色のナミブ砂漠まで。好奇心を原動力にあちこち出かけます


by tanpopo-jyo

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タグ:マルシェモア(散歩の会) ( 7 ) タグの人気記事

容器文化ミュージアムでタイムカプセル作り♪

2016年7月20日(水)

今日は雪見ちゃんとマルシェモア(散歩の会)に参加して
大崎~品川周辺を歩いて来ました。かつて「ソニー村」と呼ばれた御殿山近く、
「キャッツ・シアター」が仮設されていた場所に東洋製缶の本社ビルが建設され、
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その1階には容器文化ミュージアムがあります。
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これは1912(大正元)年、アメリカン・キャン・カンパニーが製造した自動製缶機。
自動製缶機以前は、手作業で1人1日で約150缶だったものが
製缶機の登場で1分間にほぼ同数の缶を作ることができるようになったそうです。
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ミュージアムでは係の方が様々な容器の説明をして下さいます。
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文明が生まれたことで、容器は木の葉や貝殻など身近にある自然素材から
土器へと変わっていきました。
さらに他の地域の人々と交わるようになると 「入れる」 だけでなく 「運ぶ」
ための容器が必要になり、そこで生まれたのが革袋や壺、樽などです。
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明治時代に入り日本の産業革命が始まると工業技術の導入は缶詰の製造にも
およびます。当時、北洋で大量に獲れたサケを缶詰にして輸出すれば
外貨獲得に貢献できると考えたのです。
1877(明治10)年、アメリカ人技師を招き石狩の工場でサケ缶の製造が
始まりました。
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日清日露戦争で缶詰は軍用食料として活躍、
日本領になった台湾ではパイナップル缶が作られ、
1900年前後からは枡で量り売りだった酒が瓶に詰められて販売。
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関東大震災のあと、各国から届いた救援物資の中に多くの缶詰があったことから
それまで主に輸出品であった缶詰が緊急食料として一般家庭に浸透しました。
そして第二次世界大戦で缶詰は再び軍用食料に。
写真は戦地でお正月を迎える軍人用のおせち缶詰です。
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1954(昭和29)年には、日本初の缶入りジュースが
1958(昭和33)年には、日本初の缶ビールが発売。
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1969(昭和44)年に発売された世界初の一般向けレトルトパウチがこちら。
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1990(平成2)年、世界規模で地球環境への意識が高まり
資源の有効利用が求められるようになって詰め替え用パウチが登場。
ペットボトルはリサイクル実現のため着色ボトルを自主規制し、
再生技術も開発されました。
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1996(平成8)年、清涼飲料業界がペットボトルの自主規制を廃止、
500㎖ 以下の小型容器が出回るようになってペットボトルの生産量が急増。
廃棄物を減らすため、行政・企業・消費者が一体となって
3R (Reduce 、Reuse、Recycle) に取り組んでいるのが現在という説明でした
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ミュージアムでは「どの缶に水が入っているか?」を音で見つける打検体験も。
こんなのカンタン!と思ったのに結果はダメ (>o<#)
何人か試してみなさん外していたので、たぶん難しいのだと思います。
正確に同じ場所を同じ強さで叩くのがポイントで、実際は容量の多少をこれで
見つけていたそうで、国家資格だったということです。
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ミュージアムの見学後はいよいよタイムカプセル作り。
いただいたペンはペットボトルの再生品です
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「未来への自分」に手紙を書いたら、右上の缶に入れて、
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係の方に渡すと、缶にフタ(矢印)をのせて機械にセット。
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今日の日付、開ける日付、名前を書いたラベルを貼って出来上がり♪
10年後は自信がないので私は5年後の誕生日を開ける日にしましたよ^^
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お土産に500円硬貨が100枚入る缶の貯金箱と、フタを開けても本体と離れない
(ちょっと飲みにくい)ペットボトルの水をいただいて終了。
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マリオットホテルでランチをして
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原美術館で学芸員の方の解説を聞き、自由解散。楽しかった~!!
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by tanpopo-jyo | 2016-07-20 22:20 | その他の東京23区 | Comments(0)

新富町~築地の木造建築

2015年12月4日(金)

今日は1年以上ご無沙汰していた東京散歩の会 マルシェモアに参加して
築地界隈に残る大正から昭和初期の木造建築を中心に見て来ました。
築地地区の南側一帯は来秋移転が予定されている築地市場、
北側はビルやマンションが建ち並び、それらの建物に埋もれるように
看板建築などの民家や商店が点在しています。
築地市場移転後の再開発で、失われる恐れのあるこれらの建築物を
保存・修復しようという動きも出てきているようです。

三島由紀夫著「橋づくし」に出てくる三吉橋(中央区役所前)から出発です。
小説が書かれた1950年代半ばは、まだ川が流れていましたが、
首都高の建設を機に埋め立てられて今は陸橋となっています。
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築地川と楓川を結ぶ運河が開削されてY字形となった川に、
Y字形の三吉橋が架設されたのは昭和4(1929)年。
※写真は中央区立図書館HPより転載したものに赤マークを付けました
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銀座・築地の橋を舞台にした三島由紀夫の短編小説「橋づくし」は、
満月の夜に7つの橋を黙って渡り終えれば願いが叶うという、願掛け物語。
登場人物は「お金持ちになりたい年増芸者」「旦那が欲しい芸者」
「俳優と結婚したい料亭の娘」そして料亭の女中の4人です。
3つめの橋を渡り終えたところで腹痛で芸者が脱落、
5つめの橋で年増芸者が知り合いに声をかけられ脱落。
娘と女中は、夜道を黙々と歩くのを不審に思った警官に尋問を受けますが
沈黙を守っている女中に「ひどいわ」と言ってしまい娘も脱落。
結局無事願掛けを成就させたのは、お供についてきた女中だけ。
でも女中が何を願掛けしたかは、誰にもわからない……というお話。

現在の三吉橋の欄干は、水辺に映える木立をイメージしたデザイン。
照明は、昭和初期当時のスズラン燈が採用されています。
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大正末から昭和初期に建築されたマンサード屋根、看板建築の井筒屋は
生菓子店だったそうです
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歌舞伎役者が馴染みにした足袋の老舗、大野屋総本店は、国登録有形文化財。
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昭和4(1929)年竣工の鈴木ビルは、かつて甲子屋倶楽部と呼ばれ
歌舞伎踊りの練習場や公演ができる広間が2階にあったそうです。
馬蹄形の屋根窓、出窓、アールデコ調の窓の両脇のテラコッタや、
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江戸の格子模様、円柱の幾何学的なレリーフ、スクラッチタイルなど
昭和初期のモタンな建物で、東京都歴史的建造物になっています。
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昭和通りと平成通りに挟まれた東銀座の路地裏は趣がありますね
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古民家居酒屋「酒蔵秩父錦」は創業寛延2 (1749)年。
典型的な町屋の構えをしているこの建物は昭和2~3年頃の建築だそうです
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平成23年、東京都の歴史的建造物として選定された宮川商店は明治34年創業。
昭和4(1929)年建築の見事な看板建築で、2・3階の窓は大正浪漫そのもの。
3階の両側壁には「鶏卵」「宮川商店」「諸鳥」の取扱商品、店名があり
創業時の看板を大切に残しています。
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お店の前には行列、現役なのです!
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あんぱんの発祥、銀座木村屋から暖簾分けされた明治43(1910)年創業の
木村屋パン店。壁面はアヒルの顔をデザイン化したものだとか?
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銀座木村屋は塩漬けの桜、こちらはケシの実がトッピングされています。
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7種類のあんぱんの他、映画「風立ちぬ」で話題になったシベリアや
牛スジカレーパン、デビルスドーナツが人気らしいです。数軒先の・・・
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トラヤ薬局は大正末期建築の木造2階建てで、
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2階窓と1階欄間にステンドグラスがはめられています。
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ランチは昭和2(1927)年建築の古民家を利用した鉄板焼「クロサワ」で。
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カウンター席のほか、
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黒澤明監督筆の「水車小屋の老人」が飾られた雰囲気の良い小部屋も。
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午後は、築地3丁目に建つ、角地型の銅板貼り看板建築の須田商店へ。
建物が面する2つの道それぞれに正面を向け、どちらの面にも玄関があって
角地を意識した意匠です。
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築地本願寺の前を歩き、
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魚がし横丁を抜けて築地魚市場の守護神「水神さま」を祀る水(すい)神社へ。
水神社の歴史は古く、天正18(1590)年、徳川家康の江戸入府と共に
移住してきた摂津国の漁師たちが、大漁・海上安全と子孫繁栄を祈願して
「弥都波能売命」を祀ったのがその始まりだそうです。
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立派な枝垂れイチョウがある波除稲荷神社。
今から350年程前、この築地一帯は一面の海でした。
江戸城西丸の増築時に掘られたお堀の揚げ土で、日比谷入江から埋め立てが
始まりましたが、困難を極めたのがこの築地で、堤防を築いても築いても
激波にさらわれてしまうのです。そんなある夜、海に漂う稲荷明神の御神体を
見つけた人々が、社殿を造りお祀りしたところ、波風がピタリとおさまり、
工事も順調に進んだということです。
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平成2(1990)年には樹齢3000年の黒檜(ねず)の原木を用いて
高さ2.4m、重さ1tの大獅子が、
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さらに平成14(2002)年には祭礼で担ぐように台座を含め高さ2.2m、
重さ700㎏の総漆塗り一本造りのお歯黒獅子が奉納。
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境内には魚がし碑、蛤石、活魚塚、鮟鱇塚、海老塚、すし塚等が並んでいました。
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築地場外市場で
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お夕飯の買物をして解散したのですが、最後に築地市場に関するいくつかの
「数字」を挙げておきます。
1日の平均取り扱い高: 水産部 約2090t、約18億円。
1日の入場者数: 約42,000人(市場勤務者及び買い出し人等)
1日の廃棄物量: 水産部 約63t (内、発砲スチロールが11t)
さすが世界最大の卸売市場です
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by tanpopo-jyo | 2015-12-05 00:00 | その他の東京23区 | Comments(0)

日本橋界隈

2014年10月22日(水)

約1年ぶりに東京散歩の会マルシェモアに参加して日本橋界隈を散策。
日本橋本町界隈には数多くの製薬会社がオフィスを構えていますが、
そのひとつ第一三共㈱の本社ビルにくすりミュージアムはあります。
薬の歴史や、医薬品が開発されるまでの過程と身体の中で薬が働く仕組みを、
クイズやゲームなどを通して学ぶことができる体験型ミュージアムです。
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1590年、江戸に入った家康はただちに城下の橋普請に取りかかりましたが
新たに架ける橋は273橋を数え、江戸城普請も相まって、近郷から集められた
人足の数はたいへんな数字にのぼったそうです。
その人夫の間に流行した眼病によく効いて評判を高めたのが目薬「五霊膏」。
その後も本町には堺・京都の薬種商が集団で居住、賑わいはじめたのが
くすりの町、日本橋本町の起こりだそうです。
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日本橋本町では毎年10月17日に薬祖神祭が行われ、薬の神様ということで
メーカー、卸、薬剤師会など多くの方が訪れるそうですが、
その時に配られた縁起飾り「オケラ笹」をお土産にいただきました。
神壺は昔の薬壺(ヤッコ)を象ったもので、中に薬草「オケラ」と紅白の「勝の餅」が
納められています。
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ランチは三越前駅 A9出口直結の日本橋室町野村ビル(YUITO)3階にある
「京のおぞよ 桜家」で。
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「おぞよ」は「御雑用」で日常的なおかずの意だそうです。
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午後は日本橋三越本店へ。
本館正面玄関の2頭のライオン像の前で営業部の方(和服の女性)から
三越の歴史等のお話を伺いました。
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1673年、松阪から江戸に進出した三井高利が、現在の三越本店がある場所に
呉服店 越後屋を開いた折り「現金売買・反物切り売り」という新商法を打ち出し、
さらに「傘の貸し出しサービス」も始めたそうです。
傘には「越後屋」と大書きされていたので、屋号は広く知られるようになったとか。
この傘には屋号のほか、通し番号も振られており、これが「番傘」の由来だそうです。
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三越本店正面玄関のライオン像が誕生したのは大正3(1914)年。
当時の支配人、日比翁助は子供に「雷音」と名付けるほどのライオン好きで、
デパート開設準備のためロンドンのハロッズを視察した際、
トラファルガー広場にあるネルソン記念塔の下の4頭の獅子像を見て同じ工房に
注文したもの(本店以外のライオン像は日本製)だそうです。
「誰も見ていない時にライオン像にまたがると志望校に合格する」と言われて
いますが像の上に監視カメラがあるので「誰も見ていない時」はないとか?
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ライオン像100歳記念のセレモニーも中央ホールで行われ、
パイプオルガンの伴奏でハッピーバースデーを歌ってきました^^
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本館1階中央ホールから、吹き抜けの4階に届くようにそびえる壮大な天女の像が
完成したのは昭和35(1960)年。完成までに約10年の歳月を要したこの像は、
樹齢500年の檜が用いられ、高さ約11m。
ダイヤやメノウなど約12,000個の宝玉がちりばめられているそうです。
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背後を覆う瑞雲は炎のよう。
現在の貨幣価値に換算すると約50億円費やしたそうで、
壮大な作品ですが見方によってはグロテスクかも?
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昭和7年、三越の全額負担で「三越前駅」が完成。
三越方面改札へのエスカレーター手すり横は特別に真鍮製で、
真鍮磨きなど駅の掃除はいまでも三越社員の仕事だそうです。
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銀座線口前の地下コンコースには
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上部に飾りが施された・・・
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当時の柱も9本だけ残されています。
この辺りはよく通っていますが説明されて初めて知りました。
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また、三越本店銀座線口横の壁面には、約200年前の日本橋が克明に描かれた
絵巻物『熈代勝覧(きだいしょうらん)』の複製絵巻が展示されています。
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描かれているのは日本橋から今川橋までの大通り(現在の中央通り)を東側から
俯瞰したもので、1806年の「丙寅の大火」で建物の多くが焼失する直前の貴重な
記録だそうです。絵巻には沿道にある88軒の問屋や店に加え、
行き交う1,671人(うち女性は約200人だけ)のほか、犬、馬、牛など。
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越後屋も江戸の中心部の名所として大店として描かれています
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案内をして下さった三越営業部の方の帯も^^
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東京駅が12月20日に開業100周年を迎える記念イベントの一環として、
東京駅および、大丸東京店、日本橋髙島屋、三越本店、コレド室町の5ケ所で
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八重洲・日本橋エリアの散策マップと、参加特典の硬い切符を配布中。
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東京駅~日本橋が散策できる距離であることを体感するのが目的だそうです。
このイベントは12月20日(土)まで。
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by tanpopo-jyo | 2014-10-23 13:36 | 皇居・東京・日本橋エリア | Comments(2)

新宿御苑~千駄ヶ谷

2013年11月7日(木)

5月以来、久しぶりにマルシェモアに参加して来ました。
今日訪れたのは、ほんのり秋色に染まった新宿御苑
15日(金)まで皇室ゆかりの伝統を受け継ぐ菊花壇展開催中です。
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野菊が断崖の岩間から垂れ下がって咲く様子を模して仕立てる懸崖作り花壇
御苑独自の青竹を用いた上家(うわや)と菊の花色との調和が優雅で且つ
野趣のある風情をかもしだしています
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伊勢菊と嵯峨菊は「箒作り」、
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丁子菊は「一六(いちろく)作り」
地方色あふれる3種の古典菊を配色よく植え込んだ伊勢菊・丁子菊・嵯峨菊花壇
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一株から数百輪の花が咲くように仕立てる御苑独自の技法、大作り花壇
花の姿かたちをそろえ、かつ同時に咲かせるには高度な技術が必要だそうです。
中央の黄菊 裾野の輝 は558輪、両端の白菊・・・
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裾野の月 は各518輪!
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江戸で発展した江戸菊を「篠作り」に仕立てた江戸菊花壇 は、
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咲き始めから満開まで変化する花びらの形を鑑賞する花壇です
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大輪咲きの一文字菊と管物(くだもの)菊を御苑独自の「手綱植え」の技法で
仕立てた一文字菊・管物菊花壇 は一花一花の優美さはもちろん、花全体の
色彩の変化や調和する建物など花壇全体の総合美を鑑賞します
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九州で発展した肥後菊を・・・
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秀島流の技法で仕立てた肥後菊花壇は、青竹の上家(うわや)や、
黒土を敷いた上にコケを散らした土間など清楚な古典菊との調和が独特の風情。
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手鞠のような形の大菊を御苑独自の「手綱植え」の技法で仕立てた大菊花壇
以上、7つの菊花壇は日本庭園で見ることができます。
新宿御苑は月曜定休ですが、菊花壇展開催中は無休で開園するそうです
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日本庭園の次はフランス式整形庭園へ。秋バラはまだまだ元気に咲いています
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世界バラ連合の殿堂入りをしたピース HT 1945年 仏:メイアン
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同じく殿堂入りのジャスト・ジョーイ HT 1972年 英:カント・オブコルチェスタ
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本日お気に入りの1輪はソフトピンクのマイ・グラニー FL 1991年 デンマーク
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ランチはリストランテ スペッキオでした
こちらのバーニャカウダは、私には生臭さが強すぎて苦手かも・・・。
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前菜はマッシュルームスープやワカサギのフリット、カンパチのマリネ等盛り合わせ
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小柱のパスタで終わりかと思っていたら、なんと・・・
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次に霧島豚のリゾット レモン風味 も。
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柿のコンポートはバルサミコが強すぎて、せっかくの柿の風味が消されていた?
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ランチの後は、内藤家の先祖、藤原鎌足を祀る多武峯(とうのみね)内藤神社
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そのすぐ隣にある鉛筆の碑を見て解散しました。
鉛筆の碑は、明治20(1887)年、三菱鉛筆の前身である「眞崎鉛筆製造所」
創業の地で、当時は水車を動力として鉛筆の生産をしていたそうです。
机の中にuni があったらご覧になって下さい。ESTABLISHED 1887 とあります!
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by tanpopo-jyo | 2013-11-07 22:56 | 新宿御苑(春夏秋冬) | Comments(4)

新緑の等々力渓谷

2013年5月22日(水)

東京の名所・旧跡を歩く会 Marchez avec moi dans Tokyou に参加。
今日は、渋谷から約20分、東京23区内にある唯一の渓谷、等々力渓谷です
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東急大井町線「等々力駅」を背にして南へ1~2分、
成城石井(スーパー)とお豆腐の翠家の間にある小道を右折すると・・・
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ゴルフ橋があり、
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橋のたもとにある階段を10mほど下りた所が
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世田谷区内とは思えないほどの別世界、等々力渓谷散策の起点となっています
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谷沢川に沿って遊歩道が整備されているので、シラカシやケヤキ、コナラ、イヌシデ
などで覆われた渓谷を気持ちよくお散歩。玉沢橋(環状8号線)をくぐってすぐの・・・
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左岸崖面にある三号横穴は、7世紀末~8世紀に造られた横穴墓で、副葬品が
豊富だったことから等々力周辺を治めていた有力者の墓と推定されているそうです。
ガラス板がひどく汚れていて中は全く見えませんでしたが、
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こんな感じらしいです ^^; 奥行き約13mの横穴墓室内には3体以上の人骨が
埋葬され、墓道では火を焚いた跡も見つかっているそうです
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さらに下流に進むと右岸に幼少期の弘法大師を祀った稚児大師堂
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稚児大師堂前の坂を下れば・・・
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不動の滝へ出ます
「等々力」の地名は不動の滝の音が響きわたり「轟いた」のが由来とか?
この滝の右手は武蔵野台地を形成する地層が観察できる場所として知られ、
上から黒土層、立川ローム層、武蔵野ローム層、武蔵野礫層、上部東京層
の順で見ることができます。
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地層右手にある長~い階段を上れば
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真言宗中興の祖、興教大師が開山した満願寺別院の等々力不動尊
境内周辺にはたくさんの桜があり、特に明王台方面(写真左側)の桜景色は圧巻です
※以前、桜の季節に訪れた時の記事はコチラです
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不動尊下の弁天堂を経て
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対岸にある日本庭園へ。
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地域の子供たちによるタケノコ堀り体験なども行われる竹林を通り抜け
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書院でひと休み。等々力渓谷は全長1キロ程度ですが、谷沢川の右岸・左岸を
行ったり来たり、階段を上ったり、坂を下りたり・・・。結構歩きましたものね!
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このあとは地上に出て、5世紀初頭に築かれた帆立貝形古墳 野毛大塚古墳へ。
古墳の高さは10m、後円部直径は68mで、
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墳丘上へ上がると、見上げていた時よりはるかに大きいとわかりました
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帆立貝形古墳って何? と思い調べたところ、
前方後円墳(左)の方形部分が極端に短く
帆立貝のように見える古墳(右)を指すようです


その短い方形部分がこちらで、その右横に小さな突出部も見えます
これらの埋葬施設からは多くの武具が発見されたそうです
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お待ちかねのランチタイム~♪
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大きくとられた窓からは等々力渓谷を見下ろせて
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お野菜たっぷりの前菜と
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パスタで生き返りました。
さらに食後のコーヒーと共にピザが出てきてびっくり!完食しましたけど (*^.^*)
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午後からは上野毛駅へ移動して五島美術館
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庭園内の高低差は35mだそうで健脚向きですが、途中あずま屋(休憩所)もあり
菖蒲園や瓢箪池など見どころがいっぱい。
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蓬莱池横の赤門の先は二子玉川駅方面への出口になっています。
もはや正面出入り口に戻る元気はなく、このまま帰路に。
かなりの距離を歩いたと思いますが、快晴に恵まれ気持ちの良い等々力散歩でした
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by tanpopo-jyo | 2013-05-23 19:58 | その他の東京23区 | Comments(0)

白金散歩

2013年3月7日(木)

昨年11月、東京の名所・旧跡を歩く会 Marchez avec moi dans Tokyoに
入会したものの、自宅のリフォーム等で3ケ月連続休んでしまいました。
今日は自宅近くの白金エリア散策ということで久々の参加です。

地名の由来は、応永年間(1394~1411)、この地を開墾した南朝の国司
柳下上総介が大量の銀(しろかね)を所有していたため銀長者と呼ばれており
これが白金長者に変じて地名になったと伝えられているそうです

白金高輪駅を出発してまず向かったのは白金アエルシティ(AER)
AERはギリシャ語で「空、風、空気や息吹」という意味で、古代ギリシャ語の
「天と地の間にあるもの」から由来しており、人と人との出会い、歴史や文化との
出会い、情報やビジネスとの出会いなど、色々なあえるを可能とするこの街に
いつまでも新鮮な息吹を送り続けいとの願いを込めて名づけられたとのこと。
(住宅)・(商業施設)・(工場集約街区)一体の複合都市となっています
写真は42階建ての高層住宅、白金タワー
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智光山立行寺は、旗本大久保忠教(通称:大久保彦左衛門)が
寛永7(1630)年、麻布に創建。
寛文8(1668)年、火災による焼失のため当地に移転したといいます。
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境内には大久保彦左衛門の鞘堂付きの墓所が残されていました
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白金氷川神社の・・・
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鳥居の御神紋は左が三つ巴、右は三つ柏。左右で異なっているなんて
教えていただくまで気づきませんでした。三つ柏は三菱のマークの元だそうです
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白金2丁目と4丁目の境界にある三光坂
向田邦子「あ・うん」の舞台になった場所。この坂を上っていくと・・・
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服部時計店の創業者、服部金太郎邸(現在は服部一族の資産管理会社の白金寮)
などが建ち並ぶお屋敷街、そして
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聖心女子学院などがあります。
聖心女子学院はチェコ人のレツル氏の設計により1909年落成。
が、関東大震災(1923年9月)で焼失、現存する当時の建造物は正門のみです。
屋根は亀の甲形で
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両側の門柱には、左右対称に亀が刻まれています
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格子門扉も和風で、城門のよう
因みに広島原爆ドームもレツル氏の作品だそうです
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白金2丁目と4丁目の境界にある日吉坂辺りではミモサが満開でした♪
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東京大学医科学研究所の前身は当時最大の医療問題であった伝染病を
克服するために北里柴三郎博士が所長となって設立した民間の伝染病研究所でした
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厩舎を模したレンガ造りの建物近代医科学記念館では
明治25(1892)年の設立時からの貴重な歴史的資料などを見学できます
設立当初は野口英世博士も通訳として伝染病研究所で働いていたそうです
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東京大学医科学研究所1号館は関東大震災で被災後
昭和9(1934)年、内田祥三の設計で新築されたネオゴシック様式の重厚な建物
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もうひとつ、同敷地内にあるこの建物は旧国立公衆衛生院
昭和13(1938)年、アメリカ・ロックフェラー財団から援助を受けて建てられたため
組織が埼玉県和光市に移転したあとも取り壊すことができないのだとか
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ここまでで白金高輪駅から白金台駅まで東京メトロ1駅分を歩いたことになります
このあとは目黒通りからプラチナ通り(外苑西通り)へと右折し、
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レストランウェディングの先駆け (?) ザ・ハウス白金の前を通過。
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このビルの設計者F・スタルクは吾妻橋にあるスーパードライホール
(アサヒビール本社隣)を設計したフランス人だそうです。
余談ですがスーパードライホール屋上の金色のオブジェは、聖火台の炎
「飛躍するアサヒビールの燃える心」を表現したものだとか!?
銅版緑青仕上げが特徴的なこのビルに沿って右折すれば・・・
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今日のランチをするレストラン白金甚夢迎賓館に到着です。
チューダー様式の流れを汲む伝統的なハーフティンバースタイルのこの洋館は
渡辺甚吉邸として昭和9(1934)年に竣工。
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現在はレストランウェディングもできる
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レストランとして利用されています。
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礼拝堂として使われているこの部屋は竣工当時は応接間だったそうで
室内は優美な椿とユリの彫刻が随所に施され、
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正面暖炉の上の鏡には3羽のの彫刻。
渡辺甚吉氏が岐阜県出身ということに由来すると説明がありました
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ランチのメニューは・・・
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前菜がサーモンのマリネ
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サルシッチャ(生ソーセージ)ときのこのパスタ
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真鯛のグリルに添えられた海老はニューカレドニア産で天使の海老
と呼ばれているそうです
「天国に一番近い島ニューカレドニアの海老だから」とお店の方が言われたのですが
ちょっと無理が?と思ったのは私だけでしょうか・・・。
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桜のアイスクリームに春を感じて。
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今後のMarchez avec moi dans Tokyoの予定は5月が等々力渓谷、
6月は横浜キリンビール、そして7月には東京駅を予定しているとのこと。
是非また参加させていただきたいと思っています
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by tanpopo-jyo | 2013-03-07 21:36 | 白金・目黒・恵比寿エリア | Comments(2)

日比谷公園を歩く

2012年11月8日(木)

月に1度、東京の名所・旧跡を歩く会 Marchez avec moi dans Tokyo
誘っていただき日比谷公園へ行って来ました。スタートは日比谷門
6つの公園門は撤去された江戸見附の石垣の巨岩を利用
日比谷門は安山岩で、赤坂御門・四谷御門の石垣が使われているそうです
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今でこそ都会のオアシスとして豊かな緑に恵まれている日比谷公園ですが
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日本初の洋式庭園として開園した明治36年当初は、予算削減のあおりを受けて
陽差しを遮る樹木はほとんどなく、霍乱公園とまで呼ばれたこともあったとか。
タダ同然の苗木を譲り受け、少しづつ樹木を増やしていったそうです
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この辺りは、徳川家康による河川改修まで旧神田川水系の支流、旧平川が
注いでいた日比谷入江で、埋め立て地のため地盤が弱く、
そのため官庁街にはせずに公園にしたとの説明を受けました
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因みに日比谷のヒビというのは海苔を養殖する時に使う道具だそうです
日比谷門から向かったのは・・・
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昭和4(1929)年竣工、鉄筋コンクリート造ゴシック様式の日比谷公会堂
灯りのついているところが当時のエントランスで、現在は
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レトロなカフェとなっています
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敷地に合わせた三角形の建物は日比谷図書文化館
明治41(1908)年に開館後、昭和20(1945)年戦災で全焼。平成23(2011)年、
百余年の歴史を誇る日比谷図書館が日比谷図書文化館として生まれかわりました。
1階の特別展示室では市川團十郎 荒事の世界開催中(11月28日迄)
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4階にある特別研究室では
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明治・大正時代の逓信官僚内田嘉吉氏が収集した蔵書を中心とする古書
約2万冊を直接手にとって閲覧できます。洋書が8割を占めるそうですが
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挿絵の美しい本も多くあり楽しめます
この日本遠征録に収められた絵は、黒船来航の折に同行したドイツ人の絵師
ハイネが描いたもので、彼は幕府との交渉場面や行く先々の風景、人々の様子など
多くのスケッチを残しています
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特別研究室の奥にあるのが日比谷公園を一望する特別研究席
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各席に電源、無線・有線LANを備え、利用料(2時間毎300円)を払えば
自由に利用できるスタディルームとなっていました。
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ランチは地下1階にあるライブラリーダイニングで。
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丸善がプロデュースするレストランで、メニューは昔懐かしい洋食が中心です
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午後からは野外音楽堂
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緑と水の市民カレッジとまわり、
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雲形池へ。戦時中、埋め立てられた池は
進駐軍に接収され、ダンス会場になっていた時期があるそうです
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明治37年開業の松本楼の前にある・・・
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首かけイチョウの前で説明を聞く私たち
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開園時、ブランコなどの遊具が寄贈され300坪の児童遊園が造られた草地広場では
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菊花展を堪能
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公園造成時に池などを掘った土でできた小山、三笠山を経て
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明治43(1910)年建築、ドイツ風バンガロー様式の旧公園事務所から
ゴールの有楽門へと日比谷公園を時計回りに1周した1日でした
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何度も訪れている日比谷公園ですが、要所要所で説明を聞きながら歩いたことは
とても新鮮な経験となりました。園内ではツワブキが咲き始めてキレイでしたよ♪
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by tanpopo-jyo | 2012-11-08 21:13 | 汐留・銀座・日比谷エリア | Comments(0)