大好きな花散歩から世界最古、アプリコット色のナミブ砂漠まで。好奇心を原動力にあちこち出かけます


by tanpopo-jyo

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②ハプスブルク家、夏の離宮 シェーンブルン宮殿

2016年12月30日(金)

ヨーロッパで最も美しいバロック宮殿および庭園と言われるこの宮殿は
とても人気の観光スポットなので混雑を避けて開門の8時半に到着。
今朝の最低気温はマイナス6度でしたが風はなく陽差しが気持ち良く感じられます。

青空に映えるマリア・テレジアイエローが素敵なシェーンブルン宮殿は、
16世紀の半ば、ハプスブルク家の狩猟用の土地として入手されたのが始まりで、
17世紀末から18世紀初頭に宮殿に改築され、更にマリア・テレジアが手を加えて、
1749年にこの姿になりました。左右に設けられた階段を上がり、テラスに立つと・・・
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庭園の先、丘の上に建つグロリエッテ (横幅135.3m、高さ25.95m) まで見渡せます。
もともとこの丘の上に宮殿の本館を建てるはずでしたが、残念ながらそれは実行されず、
フランツ・ヨーゼフ1世の時代には、グロリエッテでは祝典が行われたり、
朝食ルームとしても利用されたそうです。グロリエッテまでは片道、早足で15分。
こんな所まで朝食を食べに行くなんて 皇帝もラクじゃありません? ^^
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これはゲート側から見た宮殿 (グロリエッテのある庭園はこの建物の裏となります)。
宮殿前庭中央のクリスマスツリーは、明後日、元旦まで立てられているそうで・・・
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たくさんのクリスマスマーケットの屋台が、
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並んでいました。
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1830年にこの宮殿で生まれたフランツ・ヨーゼフ皇帝(在位1848〜1916)は、晩年の数年を
ここで過ごし、死去2年後の1918年、宮殿は新生オーストリア共和国の所有するところとなりました。
宮殿内には1400余の部屋があり、そのうち40室が一般公開されています。
宮殿内部はフレスコ画が素晴らしい「大広間」を始め、モーツァルトが御前演奏をした「鏡の間」、
女帝マリア・テレジアが、最愛の夫皇帝フランツ・シュテファンを1765年に亡くしてから
思い出の部屋として過ごしたという北京製黒漆のプレートが壁一面を覆う「漆の間」など
個性ある美しい部屋が数多くあります(残念ながら宮殿内部は撮影不可)。

現在この宮殿の3階と4階は賃貸アパートとして一般に貸し出されているとのこと。
間取りはひとり用タイプから100㎡超のファミリータイプまで色々あるそうです。
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8時半の開門時には閑散としていたゲートも、見学が終わった11時前には・・・
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続々と観光バスが到着して混雑して来ました。チケット売り場も行列ができていたので、
シェーンブルン宮殿の見学は早めがオススメというのは正解かもしれません。このあとは・・・
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大晦日にカウントダウンの花火が行われる市庁舎まで移動。市庁舎前にある・・・
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ブルク劇場は、ヨーゼフ2世の時代に建てられ、1874年にこの場所に移された劇場で
古典劇や現代劇を上演しているそうです。
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ブルク劇場隣に広がるフォルクス公園には、
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高さ2.5mの大理石のエリザベート像が置かれています。もう昼前だというのに池は凍っていますね!
亡くなった4年後にエリザベート像を作るコンテストが行われたものの勝者が選ばれなかったため
応募した芸術家達から抗議が殺到。
そこで再び1904年にコンテストが行われ、Friedrich Ohmannの案が選ばれて、
フランツ・ヨーゼフ1世がここに像を置くことを定めたそうです。
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ウィーンはハプスブルク家の支配の下、城塞都市として発展しました。
19世紀、実質的な最後の皇帝であるフランツ・ヨーゼフ1世は内側の城壁を取り払って、
「リンク・シュトラーセ」と呼ばれる環状道路を設置しました。
世界遺産のウィーン歴史地区は周囲約5kmのこのリンクの内側を指し、
現在は路面電車がこのリンクを走っています。(後ろの建物は国会議事堂)
主な見どころは、基本的に歩いて廻れるリンク内に集中しているのでわかりやすいです。
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英雄広場を横切って、ナポレオン軍が破壊した城壁の跡地に、
1819年に皇帝フランツ1世が整備させた王宮庭園へ。左の建物は新王宮。
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夏には赤いお花で彩られるト音記号もこの季節は目立ちませんが、
王宮庭園といえばやはりモーツァルト像。
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19世紀終わりに作られたこの像は、当初オペラ座裏のアルベルティーナ広場に
建てられていたのですが戦争で被害を受け、修復後に王宮庭園に移設されたそうです。
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台座のレリーフはオペラ 「ドン・ジョヴァンニ」 のワンシーン。
その上には様々な楽器、さらに鍵盤がデザインされています。像の裏は・・・
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チェンバロを弾く幼いモーツァルトと父、レオポルド、姉ナンネルとのアンサンブルシーン。
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そろそろ身体が冷えてきたので王宮庭園の一角にあるパルメンハウス Palmenhaus でランチを。
元々は、植物を栽培する場所として建てられ、 1901年に改築されたカフェで、
フランツ・ヨーゼフ皇帝も、ここで朝食をとりながら、美しいパノラマを楽しんだそうです
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コリアンダーが効いたカレースープがことのほか美味しく、温まります。
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あとはサラダとニョッキも。
午後は王宮 (ホーフブルク) を巡ります。 夜は「第九」もあるので滞在初日から忙しい!
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ウィーンの旅の目次は、下記のとおりです
ウィーンの旅①年末年始をウィーンで
ウィーンの旅②ハプスブルク家、夏の離宮 シェーンブルン宮殿
ウィーンの旅③歴代皇帝が住んだ宮殿、ホーフブルク
ウィーンの旅④ウィーンのシンボル、シュテファン大聖堂へ
ウィーンの旅⑤オペレッタ「こうもり」をハシゴした大晦日
ウィーンの旅⑥ウィーンフィル ニューイヤーコンサート2017
ウィーンの旅⑦国立オペラ座の日本語ガイドツアー
ウィーンの旅⑧ウィーンで霧氷ができた朝 ハルシュタットへ行く
ウィーンの旅⑨シシィも愛した温泉リゾート バート・イシュル
ウィーンの旅⑩名画の宝庫 美術史美術館へ
ウィーンの旅⑪ペーター教会でパイプオルガンの演奏を聴く

by tanpopo-jyo | 2017-01-14 22:47 | オーストリア | Comments(0)

③歴代皇帝が住んだ宮殿、ホーフブルク

2016年12月30日(金)

ハプスブルク家歴代皇帝の居城として発展し続けてきたホーフブルク(王宮)。
「都市の中の都市」と形容されるように広大な敷地の中には
新旧の王宮をはじめとする宮殿群と王宮に付属する教会や図書館などがあり、
全てを見学するには最低でも1週間かかるらしいので「必見スポット」だけ駆け足で。

フランツ2世像の立つ中庭から見た・・・
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旧王宮。
ハプスブルク家が13世紀後半から1918年まで600年以上にわたって住居としてきた王宮は
増改築が繰り返され、18の棟が複雑に入り組み、2500以上の部屋があるそうで・・・
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ハプスブルク家の暮らしぶりを見せてくれる銀器コレクションのほか、
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エリザベートが婚礼前夜に着用したドレスや、ハンガリー女王としての戴冠式用ドレス(ウェスト51㎝!)、
旅行に愛用した豪華なサロン列車のレプリカ、
レマン湖畔でアナキストに襲われたあと宿泊先のホテル「ボー・リヴァージュ」へ運ばれた際に
彼女を覆っていた襟と縁取りをサギの羽根で飾った黒いマントetc が展示されているシシィ博物館や
家族の肖像画が飾られた皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の執務室や居室をまず見学しました。
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英雄広場から見た新王宮。
現在は古楽器博物館、武器・鎧博物館、エフェソス博物館が入っています。
1938年3月、ナチスがオーストリア併合を強行、ヒトラーは5月にこの中央バルコニーで演説をしました。
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王宮礼拝堂では、9月中旬~6月中旬の日曜日のミサで
ウィーン少年合唱団(1498年に皇帝マクシミリアン1世により王宮礼拝堂少年聖歌隊として結成)の
歌声を聴くことができるそうです
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王宮の一角、ヨーゼフ広場に面した所にオーストリア国立図書館に属するプルンクザール Prunksaal
という、世界で最も美しいと言われる図書館があります。
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1723年、マリア・テレジア女帝の父、カール6世の命により建設された図書館で
ハプスブルク家歴代皇帝などの蔵書から成る書籍は約20万冊。
館内はプルンクザール(=豪華なホール)とよばれるメインホールが最大の見どころです。
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左右の本棚には、1730年から19世紀に至るまでの手書きや印刷された本や地図、
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楽譜など、王宮図書館所有の書物や地球儀が置かれています。
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中央にカール6世像が置かれたバロック特有の楕円ドームがあり、
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天井フレスコ画が施されています。
フレスコ画の中央には右手に長細いピラミッドを手にした栄誉を表す人物像、
その下にはヘラクレスとアポロがカール6世のメダルを持って描かれています。
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国立図書館と同じく、ヨーゼフ広場に面した場所に入り口があるアウグスティーナ教会は、
宮廷付属の教会として14世紀前半に建造されました。
最初は、フリードリヒ美王(1286~1330年)によって、靴を履いてよいアウグスティヌス修道会が呼ばれ、
教会と修道院が作られたのですが、1631年に皇帝フェルディナント2世が、
戒律が厳しい靴を履いてはいけないアウグスティヌス修道会をプラハから呼び寄せたため、
昔からここにいた靴を履いてよいアウグスティヌス修道会は追い出されます。
その後この教会はバロック化されますが、1785年フェルディナント・ホーエンベルクによって
バロック様式が取り除かれ、ゴシックをベースにした現在の姿になったということです。

1634年から1918年まで宮廷付属の教会だったので、マリア・テレジアとフランツ・シュテファン、
マリーアントワネットとルイ16世の代理人、フランツ・ヨーゼフとエリザベートなど
ハプスブルク家の結婚式が執り行なわれた教会としても知られています。
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金装飾のパイプオルガンもみごとです。
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アルベルティーナ Albertina は、17世紀後半に宮廷役所として建てられ、
1742~1745年のマリア・テレジア時代に宮殿に改築されます。
その後マリア・テレジアの娘クリスティーナと結婚したザクセンのアルベルト公の所有となり、
彼の膨大なコレクションを収めるため1795年に改築、現在美術館として公開されています。
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美術館の入口に通じる階段は、一種のアートになっていて、絵は展示内容によって変わるとのこと。
2017年1月8日までは「ゴッホ展」のため、階段は「種をまく人」になっています。
旧王宮をスタートして、ここまでで4時間余りが経過。
まだスイス宮やスペイン乗馬学校もありますが本日は時間切れ!ホテルに戻って着替えたら・・・
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コンツェルトハウス Konzerthaus へ。
1913年に完成したウィーン交響楽団の本拠地です。
皇帝フランツ・ヨーゼフI世の臨席によるこけら落としのコンサートでは、
当時の現代作曲家リヒャルト・シュトラウス作品が紹介され、続いて第九が演奏されました。
現代作品と古典の組み合わせは伝統として今日まで続いているそうです。
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本日のお目当ては20:00 ~の「第九」。指揮は若き俊英ウルバンスキ。
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開演1時間ほど前に到着してロビーでウロウロしていたら
「今朝シェーンブルン宮殿でお会いしましたよね?」と声をかけられでびっくり!ウィーンは狭い?(笑)
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皆さま、ロビーにあるベートーベンの胸像が見下ろすバーや、
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もう1ケ所あるバーでシャンペンなどを楽しみながら開演を待っていらっしゃいます。
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演奏は、1楽章、2楽章、3楽章と淡々と進んで、ちょっと物足りない気もあったのですが、
合唱も加わったあとの4楽章の迫力ある展開と追い込みは感動的でした。
完璧に合わせてハモるというより、100何人? かの歌手ひとりひとりが
感情をぶつけるようにして歌って、かつバランスが保たれているとでも言うような歌い方。
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コンツェルトハウスからグランドホテルまでは歩いて5分くらい。
場所によるのかもしれませんが、夜歩いていても危険な感じはなく良い町です♪
ウィーン一日目はつつがなく終了。
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ウィーンの旅の目次は、下記のとおりです
ウィーンの旅①年末年始をウィーンで
ウィーンの旅②ハプスブルク家、夏の離宮 シェーンブルン宮殿
ウィーンの旅③歴代皇帝が住んだ宮殿、ホーフブルク
ウィーンの旅④ウィーンのシンボル、シュテファン大聖堂へ
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ウィーンの旅⑪ペーター教会でパイプオルガンの演奏を聴く

by tanpopo-jyo | 2017-01-13 19:16 | オーストリア | Comments(0)

④ウィーンのシンボル、シュテファン大聖堂へ

2016年12月31日(土)

ホテルのレストランで朝食を。
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ビュッフェスタイルですが温かいお料理だけは注文で。私はコーンドビーフ。
グランドホテルのブラッセリーはお料理もパンも美味しく、
また程よい距離感のあるスタッフもプロフェッショナルで、朝食が2回目の今日は
「昨日と同じ場所のテーブルにしますか?」 「今朝もコーヒーでよろしいですか?」と訊かれました。
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ホテルとオペラ座の間にあるケルントナー通り (終日歩行者天国) を歩いて
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シュテファン大聖堂へ。
周りに建物が密集しているため、巨大な聖堂全体をカメラに収めることは難しく、
しかも電線が写り込んでしまうのが残念 (>o<#)
シュテファン大聖堂は、12世紀半ばにロマネスク様式の教会として建設されたことに始まり、
13世紀から14世紀にかけてハプスブルク家のルドルフ4世の命により、
建物主要部分がゴシック様式に建て替えられました。シュテファン大聖堂には4本の塔が建ち、
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最も高い南塔の高さは137m。当初、この南塔と高さを揃えることになっていた・・・
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北塔(写真左端の塔)は、財政難のため工事は中断、丸屋根がつけられて現在の姿となりました。
エレベーターで北塔の上に上がると・・・
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ウィーン市内を一望することができます。建物の高さが揃っていキレイですね
矢印は、「岸辺のマリア教会」、奥に黒々と広がっているのが 「ウィーンの森」 です。
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モザイクが美しい瓦屋根。
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北面の屋根にはウィーン市の 「鷲の紋章」 を見ることができます
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全長107mに及ぶ内陣身廊の、フェンスより奥に入るには₠5.5 (イヤホンガイド付き。日本語有り)
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主祭壇に向かって・・・
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左の壁面(北塔側)には聖母マリアの生涯を描いた、「ノイシュタットの祭壇」。
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右の壁面(南塔側)にはパイプオルガン。教会の側面にパイプオルガンって珍しくありませんか?
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パイプオルガン隣には「召使い女のマドンナ像」
願いが叶うマリア像として有名なのだそうです。
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シュテファン大聖堂の身廊部分の中ほど主祭壇に向かって左側にある説教壇は、
1510~1515年にかけて石灰砂岩で作られました。一番目立つ説教壇の上部には、
アンブロジウス、ヒエロニムス、グレゴリウス、アウグスティヌスの 4人の教会博士。
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説教壇の下の のぞき窓から身を乗り出している姿は作者本人だと言われています。
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ウィーンの伝統的菓子、ウェハースのマンナーは・・・
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シュテファン大聖堂のすぐ前。(写真右に大聖堂が写っていますよね?)
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よく流行っていてレジは長蛇の列!
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今日は午後からオペレッタ「こうもり」をハシゴするのでそろそろホテルに戻って着替えないと。
ケルントナー通りをオペラ座の方へ歩いていて小さなブタを売る露店を見つけました。
オーストリアでは、ブタ、赤いきのこ、四葉のクローバーが新年のお祝いのシンボルだそうです♪
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四葉のクローバーを持ったマジパン細工のブタも(笑)
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ウィーンの旅の目次は、下記のとおりです
ウィーンの旅①年末年始をウィーンで
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by tanpopo-jyo | 2017-01-12 18:32 | オーストリア | Comments(0)

⑧ウィーンで霧氷ができた朝 ハルシュタットへ行く

2017年1月2日(月)

シェーンブルン宮殿の前の街路樹が雪でも降ったかのように真っ白。
それは郊外へ出るほど素晴らしい景色になり・・・
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ドライバーのイデーさん、車を停めて下さいました。
今朝の最低気温はマイナス6℃
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シ・バ・レ・ル {{{{(+_+)}}}}
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今日はウィーンから南西に216㎞、ザルツカンマーグートSalzkammergut 地方へ日帰り旅です。
ザルツカンマーグートは、オーストリアの宝石箱とも言われ、
氷河で形成された大小70以上の湖が点在したオーストリアアルプスの北側に位置する景勝地です。
ザルツカンマーグートとは「塩の宝庫」という意味で岩塩を産出する地方であったことから
この名があります。中世には塩は「白い黄金」と称されるほど高値で取引されてきたため、
この地方はハプスブルク家直轄の御料地として帝国の財政を支え続けてきました。
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ウィーンから約3時間でハルシュタットHallstatt に到着。
Hallはケルト語で「塩」、Stattはドイツ語で「場所」を意味するそうで、
町の外れには、古代ローマ以前にまで遡る世界最古の岩塩坑があります。
ハルシュタット トンネル前には昔のスタイルの坑夫像も。像の前には・・・
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船着場。
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船着場から目指す町の方角をパチリ。
ダッハシュタイン山塊の麓、ハルシュタット湖畔にある小さなこの町は、
その完璧ともいえる美しい景観から、世界で最も美しい湖畔の町のひとつに数えられています。
1997年には、「ハルシュタットとダッハシュタインの文化的景観」として、ユネスコ世界遺産に登録。
しかーし!2000m級の山々に囲まれているのに雪が積もっていないのは何故?
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メインストリートであるゼー通りを町の中心部目指して歩き始めます
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氷点下の寒さでも・・・
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それなりに観光客は歩いていました。
韓国人団体客を乗せた大型観光バスも停まっていましたし、欧米系の旅行者も多数。
歩き始めて7~8分、ゼー通りはさらに細くなり、ルーテル(プロテスタント)教会が見えてきました。
(しつこいですがゼー通りが町のメインストリート!)
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ルーテル教会の主祭壇です。この教会の前が町の中心である・・・
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マルクト広場。広場の真ん中には・・・
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クリスマス飾りがまだ残されています。
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マルクト広場前の船着場に小型の船が到着。対岸にある鉄道駅と町を結んでいるのです。
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ハルシュタット湖の透明度、素晴らしいです!
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船着場の前の道をカトリック教会の方へ・・・
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どんどん歩いて行くと! 緑のベランダの家がありましたー!!
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「春のワルツ」ではジェハがこのベランダから湖を眺めていたのです♪ どんな景色かというと・・・
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ハルシュタットで一番の撮影ポイントと言われるこの風景。
これを撮影したのは12時頃で、太陽が山の端に隠れる直前でした。
つまり緑のベランダの家を冬に順光で撮るには10時~12時頃限定となります。
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緑のベランダの家からカソリック教会を目指して戻っている時、
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船着場から12時15分発の船が出て行くのが見えました。
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創設は15世紀末というカソリック教会の
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主祭壇です。
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教会の裏手には・・・
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小さな納骨堂があり、故人の生没年と花模様などが描かれた頭蓋骨が安置されています。
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ハルシュタットはとても急峻な狭い土地に、
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張り付くように家々が建っており、墓地が充分にとれなかったため
埋葬後10~20年経つと遺骨を掘り出し、次の遺体を埋めるという風習があったのだそうです。
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ランチはマルクト広場の奥にある小さなホテル ゼーヴィルト・ツァウナー Seewirt Zauner で。
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1階はホテルのフロント、2階がレストランでした。
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オットはハルシュタット湖特産の魚「ライナンケ」のグリル。
1/4カットのレモンが添えてあるので想像できるかも? ですが、かなり大きな魚です(小顔ですが)。
全くクセはなく、淡白。そのためかオリーブオイルが添えられていました。
₠38.35 (約4600円) となかなかの高級魚です。
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私のほうれん草のシュトルーデルは ₠13.70 (約1600円) と"普通" のお値段^^
ドライバーのイデーさんには 「2時間ほどで戻りますね」 と言ったのに、
ゆっくりランチをいただいたのでハルシュタット滞在は2時間半。
今の季節16時半には暗くなるので、次の目的地バート・イシュルへ向けて出発です。
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ウィーンの旅の目次は、下記のとおりです
ウィーンの旅①年末年始をウィーンで
ウィーンの旅②ハプスブルク家、夏の離宮 シェーンブルン宮殿
ウィーンの旅③歴代皇帝が住んだ宮殿、ホーフブルク
ウィーンの旅④ウィーンのシンボル、シュテファン大聖堂へ
ウィーンの旅⑤オペレッタ「こうもり」をハシゴした大晦日
ウィーンの旅⑥ウィーンフィル ニューイヤーコンサート2017
ウィーンの旅⑦国立オペラ座の日本語ガイドツアー
ウィーンの旅⑧ウィーンで霧氷ができた朝 ハルシュタットへ行く
ウィーンの旅⑨シシィも愛した温泉リゾート バート・イシュル
ウィーンの旅⑩名画の宝庫 美術史美術館へ
ウィーンの旅⑪ペーター教会でパイプオルガンの演奏を聴く

by tanpopo-jyo | 2017-01-09 17:24 | オーストリア | Comments(0)

⑪ペーター教会でパイプオルガンの演奏を聴く

2017年1月3日(火)

ランチのあとはシュテファン大聖堂前から続く、
ウィーンで最も美しい歩行者天国のグラーベン通りを歩くことにしました。
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大聖堂から150mほど歩いた所にあるのがペスト記念柱。
17世紀後半、レオポルド1世がペスト流行の終焉を神に感謝して製作したもので・・・
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台座部の天使が突き落としている老婆がペストを象徴しているそうです。リアルで怖いんですけど !
そのまま少し行った右側の引っ込んだ所に・・・
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バロック様式のペーター教会Peterskirche が2本の塔を見せて建っています。
この教会の起源は4世紀の後半に、長屋を教会に改築したことから始まったとされ、
ウィーンで最も古い教会だそうです。
その後ロマネスク様式やゴシック様式に改築されたりしていますが、
12世紀の終わりにショッテン修道会の管轄に入り、1661年には火災により焼失。
皇帝レオポルド1世の提唱により新しい教会にすることが決まり、ベルヴェデーレ宮殿を手掛ける
建築家ルーカス・フォン・ヒルデブラントの設計で現在の姿になり1701年~33年の間に完成しました。
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教会内部は素晴らしいバロック空間。 正面奥の主祭壇には、
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Martino Altmonteによる祭壇画。 上には聖三位一体が描かれ、
エルサレム神殿前にいる12使徒のペテロとヨハネが身体障害者を治しています。
手前にはだまし絵的ドームが見えます。この主祭壇の真向かい、つまり・・・
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教会入り口の真上にはロココ様式のパイプオルガン。
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なんと!15:00~オルガンコンサートがあるではありませんか!!
8曲目は「トッカータとフーガ ニ短調」ですし 逃すテはありませんよね^^
素晴らしいコンサートは無料ですが、感謝の気持ちは献金箱へ。
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歩行者天国のグラーベン通りは1862年創業の老舗高級スーパー、ユリウス・マインルで突き当たり。
この辺りはブランド街らしくスーパーの右にはシャネルやヴィトン、向かいはカルティエやアルマーニなど。
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元々焙煎コーヒー店としてスタートしたユリウス・マインルのコーヒーは格別で、
ウィーンのカフェはほとんどここのコーヒーを使っているそうなのでいくつか購入。
正直なところ 私はコーヒーの味なんてわからないんですけどね (*^.^*)
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マインルのロゴに使われている赤いトルコ帽 の男の子、マインルのムーア人 Meinl Mohr は、
階段の手摺りに腰掛けていました。
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2階の一角にはコーヒー売り場より広い紅茶売り場。さらに・・・
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「Michiko Tea」のコーナーもあったので誰? と思い 帰国後調べてみると
1930年に渡航、ウィーン国立音楽大学声楽科に入学した田中路子さんは
1931年に40歳年上のユリウス・マインル2世(2代目)と出会い、結婚、夫の支援を得て、
ウィーンを中心に歌手・女優としても活躍。
しかし、ドイツ人のシャンソン歌手で俳優・演出家ヴィクター・デ・コーヴァと運命的な出逢いをして
1939年にマインル2世と離婚、同年、マインル2世を仲人に迎えデ・コーヴァと再婚した方のようです。

小澤征爾が巨匠カラヤンの弟子入りを果たせたのも彼女の引きがあったからだそうで、
1987年のサントリーホールにおける杮落とし公演が最後の舞台、翌年には亡くなっています。
ユリウス・マインルのHPによれば「Michiko Tea」が出たのは2003年。
離婚後64年、亡くなってから15年も経ってから2代目元妻の名前と写真を使いますかね?
元夫が仲人というのもスゴイので、この「勝負」は引き分け? ^^
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ユリウス・マインルの店内にはカフェやデリカも併設されています。
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ユリウス・マインルを出て右へ。この通りも終日歩行者天国のコールマルクト通り。
かつてここで木炭(コール)の市場が開かれていたことに由来する名前だそうです。
正面は12月30日に見学した王宮のミヒャエル門。
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日本でもお馴染み、200年を超える歴史がある老舗カフェの デーメルがあったので
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ここで ひと休み。1階席はやや窮屈な感じなので、2階席へ。
かつてはハプスブルク家専門のベーカリーで、フランツ・ヨーゼフ1世とシシィも通っていたそうです。
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店内でケーキをいただく場合、ショーケース前で指さしオーダーするとケーキ名を書いた紙片をくれるので、
それをテーブル担当のスタッフに渡すと席まで運んでくれます。
私はマローニブリューテ Maroniblüte、オットはザッハートルテの生クリーム添え。
言葉ができない身には便利なシステムです。ケーキはどちらも₠4.5(約540円)
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コーヒーの種類はたくさんあるので迷いますが、単にコーヒーを頼めば、ホイップされたクリームと
ピッチャーに入ったコーヒーが別々に提供されます。入れるクリームの量はお好みで。
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ウィーン最後の夜の晩餐は「ウィーンの3大名物料理」のひとつターフェルシュピッツ Tafelspitzを。
皇帝フランツ・ヨーゼフ1世が好んで食べたという牛肉の煮込み料理ですが、
何を見ても 「ターフェルシュピッツを食べるならココ!」とか「予約なしだと数時間待ちも」とか
書いてあったので日本からメールで予約を入れておきました。
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ターフェルシュピッツとは、牛のおしりと太ももの一番上との間のあたりの肉のこと(ランプ肉?) だそうで
かたまりで何時間も煮込んで、そのやわらかくなった肉をスライスしていただくのですが
テーブル中央に保温用プレートが敷かれたあと、その上に鍋ごとドンと提供されます。
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予め細切りにしたクレープが入っているスープボウルを持って来ると、その中にスープと野菜を
たっぷり注いでくれます。2杯目からは自分で。
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頃合いを見てポテトが届き、
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慣れた手つきでポテトとほうれん草のピュレ、お肉を盛りつけてくれます。
見た目は無骨ですが、この肉が溶けるように柔らかく、味がしみて絶妙の味わい!
料理の腕がイマイチの店で食べると、何の味気もない茹で牛肉が出てくるそうです。
最後に鍋に残ったのは、ダシをとるのに使った髄がごろんと2つ。
どろっとしていて脂身が多いので、パンに塗っていただくと美味しいようですがとてもパンは無理。
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おろしリンゴに西洋わさびが入ったソースと、Schnittlauchソース(クリームソース+チャイブ)
もあるので色々な味が楽しめて飽きません。
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パンは食べられないと言いつつもデザートは別で、
オットはチョコレートとココナッツのムース&カンパリ オレンジシャーベットの盛り合わせ。
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私はキャラメル アイスクリーム♪ 〆て ₠110.20 (13,000円くらい)
階下のトイレへ続く階段室にはプーチン大統領やゴア元副大統領を初めとする写真多数です。
結局ウィーン三大名物料理のうち、ヴィーナー・シュニッツェル Wiener Schnitzel 子牛のカツレツだけ
食べることができませんでした。また来る?
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2017年1月4日(水)
09:25 ウィーン発 LO224便だったので7時半前にホテルをチェックアウトしたのですが
ワルシャワ経由(EU)のため出国手続きはなく、早すぎました (;o;)
ポーランド航空のラウンジはとっても簡素。
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10:40 ワルシャワ着
14:40 ワルシャワ発 LO079
非常に簡単に出国手続きが終わったので3時間余りを過ごすことになったワルシャワのラウンジも簡素。
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2017年1月5日(木)
機内に落ち着いてからゾクゾクし始めまして (>_<)
成田で発熱が引っかかったら面倒だなと思いましたが幸い無事にスルー。
オットとは品川で別れて、ひとり帰宅。体温計ったら39度超え~
ひょえ~インフル?と心配しましたが翌日午後には37度まで下がってヤレヤレです。

これでウィーンの旅日記は終わりです。最後までお付き合いいただき有り難うございました。

ウィーンの旅の目次は、下記のとおりです
ウィーンの旅①年末年始をウィーンで
ウィーンの旅②ハプスブルク家、夏の離宮 シェーンブルン宮殿
ウィーンの旅③歴代皇帝が住んだ宮殿、ホーフブルク
ウィーンの旅④ウィーンのシンボル、シュテファン大聖堂へ
ウィーンの旅⑤オペレッタ「こうもり」をハシゴした大晦日
ウィーンの旅⑥ウィーンフィル ニューイヤーコンサート2017
ウィーンの旅⑦国立オペラ座の日本語ガイドツアー
ウィーンの旅⑧ウィーンで霧氷ができた朝 ハルシュタットへ行く
ウィーンの旅⑨シシィも愛した温泉リゾート バート・イシュル
ウィーンの旅⑩名画の宝庫 美術史美術館へ
ウィーンの旅⑪ペーター教会でパイプオルガンの演奏を聴く

by tanpopo-jyo | 2017-01-07 20:29 | オーストリア | Comments(0)

富岡製糸場へ

2016年12月9日(金)

今日は「世界遺産の富岡製糸場」と「あしかがフラワーパーク」をハシゴです^^
名物「赤城おろし」はどこへ行った? というポカポカ陽気だったのが何より。
下の写真は富岡市のイメージキャラクター「お富ちゃん」
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2014年、世界遺産に登録されてしばらくは大変な混雑だったようですが今は一段落。
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13時半からのガイドツアーは、東置繭所からスタート。
解説員さんの話によると富岡に官営製糸場が建設されたのは、
①養蚕が盛んで原料繭が確保できる
②広い建設用地が確保できる
③南北を一級河川に挟まれているため、製糸に必要な水の確保が容易
④燃料の石炭が近くの高崎から採れるという理由からだそうです。
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明治5(1872)年10月、操業開始。
当初、設立指導者のブリュナをはじめ10名ほどのフランス人を雇い入れ
製糸技術の指導が行われたそうですが、フランス人が飲むワインを血と思い込み
「富岡製糸場へ行くと外国人に生き血がとられる」というデマが流れ、工女が集まらなかったとか。
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明治6(1873)年建築の検査人館は、生糸の検査などを担当したフランス人技術者の住居。
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明治6(1873)年建築の女工館は、
器械による糸取の技術を教えるために雇われたフランス人女性教師の住居として建設されたもので、
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格子状に組まれたベランダの天井も、よろい戸も当時の日本の建築物には見られないそうです。
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長さ140m余の繰糸場は、繭から生糸を取る作業が行われていた場所。
屋根の上の小さな屋根は・・・
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蒸気抜きの越屋根。建物内部は・・・
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中央に柱のないトラス工法により広い空間が保たれています。
当初はフランス式の繰糸器300釜が設置され、世界最大規模の製糸工場でした。
設立当初の官営時代は1日7時間45分労働で、日曜は休み。盆暮れの長期休暇があるなど、
明治期の労働環境としては世界でも異例なほど恵まれ、女工さんの月給は衣・食・住付きで平均2円。
当時の米価を参考にすれば今の2万円程度のようです。

が、官営工場だったのは115年の歴史のうちのごく一部。
創業21年後の明治26(1893)年には、三井家に払い下げられ、明治35(1902)年に原合名会社、
昭和14(1939)年に片倉製糸紡績会社(現片倉工業)と経営母体が変わり、民営化されたことで
繁忙期には1日あたりの勤務時間が約12時間になるなど、労働環境は厳しくなったようです。
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昭和15(1940)年建築の3代目診療所。
官営時代は治療費は工場負担、フランス人医師が診療にあたっていたそうです
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指導者として雇われたフランス人ポール・ブリュナに支給された住居は述べ床面積320坪。
日本人の平均月給が6円足らず、総理大臣が800円だった当時、彼の月給は750円と高額だったため、
大久保利通や伊藤博文が契約解除を進言するほどだったとか。
伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任したのは明治18年なのでガイドさんのお話とは
十数年時代が合わないのですが 「総理大臣クラス800円」 の意味かもしれません

結局、彼は5年間の契約満了後、翌明治9(1876)年に帰国しました。
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1室15畳、1棟16部屋の工女寄宿舎。
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大正7(1918)年、ブリュナ館西側に隣接して建てられたこの寄宿舎の壁や押し入れには
映画俳優などの古いブロマイドが貼り残されているそうです。
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45分ほどのガイドツアーが終わったあとは、繰糸の様子をビデオで見たり
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フランス式繰糸器の実演を見学したりできます。
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これは群馬県が育成した品種「ぐんま」と「黄繭種」との交配により作り出された「ぐんま黄金」
山吹色の繭があるなんて初めて知りました!
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昭和62(1987)年、2月26日に操業を停止。115年間の歴史に幕を下ろしたあと、
平成17(2005)年に全ての建造物を富岡市に寄贈(土地は売却)するまでの18年間、
片倉工業は毎年数千万~1億円の費用をかけてこれを維持管理してきたというお話でした。
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昭和62年といえばバブルの真っ只中ですが、その後の日本経済は右肩下がり。
その中で売らず貸さずに維持管理してきたなんて最後に良いお話を伺いました。
片倉工業の保存活動なくしては、世界遺産登録はなかったのですものね!
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で、、、ここからはオマケの話(笑)
富岡製糸場から車で10分ほどの場所に「こんにゃくパーク」がありまして、
全く期待していなかったのですがこれが結構面白かったのでついでに書いておきます。
( こんにゃくパークの方に失礼ですね (-_^)
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まずはゼリーやこんにゃく、白滝を製造している工場見学。
こんにゃく芋って結構大きいのねと思って見ていたら、
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こんなパネルが目に留まりました。春に種芋を植えつけし、秋にいったん収穫したあと
冬場は5℃以下にならないように室内貯蔵しておき春になったら再び植えつけをして、
これを2~3回繰り返してやっと出荷できるんですって。
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おまけに群馬県で約92%が収穫されているなんて全然知りませんでした。
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白こんにゃくと黒こんにゃくの地方別嗜好とか、雑学?に ホ、ホーとなりながら進んで行き、
製品になった袋詰めこんにゃくが流れてくる所で工場見学は終了
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そのあとは1階で珍しいこんにゃく製品(料理)の試食バイキングとショッピング。
一緒に行った方の話では「こんにゃく焼きそば」が美味しかったそうですよ?
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「こんにゃくポップコーン」とか「こんにゃくカステラ」、
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「こんにゃくラーメン」なんかも。
チャレンジャーではないので何も買いませんでしたがなかなか面白いパークでしたよ^^
このあとは 「あしかがフラワーパーク」へ(次のページへつづく)。
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by tanpopo-jyo | 2016-12-10 21:36 | 群馬県 | Comments(0)

5日目 日帰りツアーに参加して熱帯雨林へ

2016年5月2日(月)

昨夕、デインツリー国立公園へ行く1日ツアーのパンフレットをホテルで見つけ
レセプションでブッキング。
コースはポートダグラスからケープ・トリュブレーションまで北上したあと
観光をしつつ南下して、最後はモスマン渓谷で泳ぐという熱帯雨林ツアー。
ケアンズとケープ・トリュブレーションの中間がポートダグラスという位置関係です
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参加したツアーは少人数がウリ。
メルセデス・スプリンターかトヨタのランドクルーザーが迎えに来ます
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7時40分にホテルを出発、30分ほどでデインツリー川に到着。
デインツリー国立公園はこの川を挟んで南北に分かれ、南の中心がモスマン
北の中心がケープ・トリュブレーションとなっています。
この川には橋がないので、ケーブルで引っ張る・・・
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巨大なイカダのようなもので
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対岸へ。
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川を越えれば10分ほどでケープ・トリビュレーションへ向かう途中の高台にある・・・
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アレクサンドラ展望台 Alexandra Range lookout に到着します。
ここは2009年にも来ているのですが、昨日・一昨日と大雨が降ったそうで、
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景色はいま一つ。
先ほど渡ったデインツリー川の河口が見えるくらい。
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シダ類のほか原種に近いイチジク、世界最古のソテツなどが鬱蒼と茂る・・・
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ジンダルバ・ウォークをツアーメンバーと散策。
途中の案内板に「200㎞/h の暴風雨で大木が倒れると・・・」とありました。
オーストラリアは風の強さを時速で表すのですね!
3600秒で割ると風速55.5m。 やはりこちらがシックリします
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デインツリーには茶畑もたくさんあり、
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デインツリーティとして売られています。
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Kulki ウォークをしばらく歩くと、突然視界が開けて・・・
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グレートバリアリーフ の海が目の前に。
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ケープ・トリュブレーションは、熱帯雨林が海岸まで続く珍しい地域で、
世界自然遺産であるサンゴ礁の海「グレートバリアリーフ」と、
「クイーンズランド州の湿潤熱帯地域」に登録されているジャングルという
二つの世界遺産が出会う場所とも言われています。
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この熱帯雨林が形成されたのは南米アマゾンよりも古い1億3,000万年前の
白亜紀にさかのぼるそうです。遠浅の美しい海なのに泳ぐ人がいないのは・・・
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時には人を死に至らしめるという猛毒のイルカンジクラゲが生息しているから。
警告標識の下には応急処置用に酢のボトルが置いてあります
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ビーチを散策して Kulki ウォークの駐車場に戻ると
ドライバーガイドのベンさんがマフィンや果物を用意しておいて下さいました
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コーヒータイムのあとは・・・
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11時半発のリバークルーズ。
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両岸にマングローブが茂るディンツリー川で
鳥や、世界最大級という凶暴なイリエワニを探しながら1時間のクルーズ。
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今更ですが、ワニの口の中って、きれいな色なんだわと^^
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ガイドさんによるとこの辺りではマッドクラブやBlack Kingfich(スギ?)のほか
オーストラリアではたいていのメニューに載っているバラマンディも釣れるそう。
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河口が見えてきたらクルーズも終わり。
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いよいよランチだーとレストランに入ったら・・・
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ぶうちゃんご夫妻がお食事中!明日までデインツリーに滞在されることは
知っていましたが、ここでお会いするとは (@_@)
何度もデインツリーを訪れているぶうちゃんご夫妻ですが、
ここでランチをするのは初めてだそう。偶然ってあるものですね!
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私たちはツアーメンバーと。
ランチはステーキ、フィッシュ&チップス、パスタから選択でした。
食事中の話題は物価の高さ。
メンバーによれば一番物価が高いのはスイスで次がオーストラリアだと。
シドニーのような都会ならともかく、ポートダグラスのような町でも都心並。
「こんな家が8000万円?」と驚いたら8億の間違いで不動産屋さんの前で
びっくりしたことも。
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デザートはデインツリーアイスクリームに場所を移して
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各自好きなものを。これはA$6.50のオススメ4種盛り合わせで、
パッションフルーツが特に美味しかったです♪
お店の前の果樹園で収穫した果物を使っているので安心、安全^^
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モスマン渓谷まで戻ってくればポートダグラスまであと20㎞ほど。
2009年に訪れた時はこの渓谷近くに駐車場があり
そこから森の中を歩いたのですが、今は約2㎞手前でシャトルバスに乗り換え、
道もボードウォークに変わっていました。
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クロコダイルはいないので泳げますが、
水は冷たく川底の石には苔が生えているので滑ります
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ジャックは気持ちよさそうでしたが、女性陣は岸でおしゃべり。
ホテルに帰着したのは16時半。
9時間のツアー代金はアイスクリーム代以外は全て込みで@A$190
(15,000円強)でした。TROPICAL JOURNEYS のツアーは他社ツアーより
若干高めですが、中高年にはオススメ。少人数制なのでまとまりも良いです。
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ツアーで疲れたから夕食はホテルにする? とオットに訊いたら
「町まで行こうよ」と。アクティブ!
というわけでディクソン湾に面した Tin Shed へ。
昨年リニューアルしたことはぶうちゃんさまから聞いていましたが、入店時に
ひとりずつタブレットに名前と住所(ホテルではなく日本の!)を入力しなければ
ならないのがちょっと面倒かも。
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とはいえディクソン湾に面した席で夕景を眺めながらのディナーは捨て難く。
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初日にOn the Inlet で食べたバケツ海老が美味しかったので
オットは今日もこれでビール。
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BBQポークの下は軽く握ったもち米!
ソースとの相性抜群で美味しいのなんの^^
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スパイシーなイカは脂っこくなく、オットはビールをお代わり♪
飲み物別でA$69(約5500円)。飲み物はバーへ買いに行くシステムなのです。
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2016年4月27日~5月6日のポートダグラス滞在記の目次は下記のとおりです
1日目 ポートダグラスに到着
2日目 隣室は新婚さん
3日目 ハビタットで鳥と一緒に朝食を
4日目 サンデーマーケット
5日目 日帰りツアーに参加して熱帯雨林へ
6日目 ゴルフのあとはサンセットクルーズ
7日目 ポートダグラス町歩き
8日目 早朝ゴルフ そして帰国日
by tanpopo-jyo | 2016-05-11 15:42 | ポートダグラス2016年5月 | Comments(2)

RED CITY BUS でケープタウン観光(前半)

2015年12月27日(日)

引き続き快晴のケープタウン。
昨日ウォーターフロントを歩いた時に乗り降り自由の循環バスがあることを
見つけたので、これに乗ってテーブルマウンテンへ行こう!となりました。
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色別にたくさんの路線があるようでしたが・・・
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テーブルマウンテンのケーブルカー乗り場へ行くのはRED CITY BUS。
20分間隔で運行、1日券 R180(約1800円)で乗り降り自由、
テーブルマウンテンのケーブルカーチケット(往復R240)も一緒に買えるし
支払いにはカードも使えて便利。
チケットを購入するとドライバーが使い捨てのイヤホンガイドをくれるので・・・
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座席横の差し込み口に。
イヤホンガイドは10数ケ国対応、日本語有りというスグレモノ
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国会議事堂や聖ジョージ大聖堂近くのLong Street を走り抜けたあと
ケーブルカー乗り場に到着。
ゴンドラの下部には4,000Lのタンクがあり、 山頂のレストランなどへ水を運ぶ他、
ゴンドラを安定させる役割も担っているとのこと。

2011年、ケープタウンに4泊した時はどの日も強風でケーブルカーは運休、
2013年、2泊した時はメンテナンス中で長期運休中でしたので3度目の正直。
が、しかーーし!
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この行列 w(☆o◎)w
屋根のある側がこれからチケットを買う列、手前はチケットを持っている列。
ピークシーズンの日曜日ですから仕方ないのかも。
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ケーブルカーは1929年に開業、当初は人気がなくて利用者が100万人を
超えるのに25年もかかったそう。今は年間80万人が利用するそうです。
私たちは9時20分に並び始め、乗車したのは11時頃、約1時間半待ちでした。
もらったチラシによるとケーブルカーは65人乗りで1時間に800人を運ぶと。
単純に計算すれば1200人前後が並んでいたわけです
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行列の途中に何ケ所か飲み物の売店があるのですが、
これは開業時のゴンドラだと書いてありました
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山頂までは1200m、ケーブルカーは円形で2ケ所だけ窓が切ってありますが、
床がゆっくり回転するのでどこへ乗っても公平に360度ビューが楽しめます。
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秒速10mとかなり早いです。。。あまり気持の良いものではなく^^
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標高1086mの頂上駅に到着。
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そこは天空の花園でした。
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喜望峰やテーブルマウンテンの地域はフィンボス (Fynbos) と呼ばれる
灌木植生地域。
フィンボスは植物が極めて豊富にあり、テーブルマウンテンだけで約1500種、
エリカ ( ヒース ) に限っても500種類あると言われ・・・
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面積あたりの種の豊富さは世界随一だそうです。
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これはマツバギクの仲間、デロスペルマ?
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テーブルマウンテンといえば、ナイフで切ったような平らなイメージですが
山頂は意外にデコボコ。
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何とか平らに見える場所を探してみました(笑)
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雲の間からちょっぴり出ている所が喜望峰でケープタウンからは南に約50㎞。
さらに頂上の反対側からは・・・
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テーブル湾が臨めます。西側の丘はシグナル・ヒル、
黒い矢印は2010年サッカーW杯が開催されたケープタウン・スタジアム。
昨日遊んだウォーターフロントは茶色の矢印辺り。沖合に浮かんでいる島は・・・
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ロベン島。アパルトヘイト時代に政治犯を収容した黒人専用の刑務所で、
ネルソン・マンデラ氏もここに収容されていました。
刑務所は1996年に閉鎖、現在は島全体が博物館(世界遺産)となっています。
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さらに西のクリフトンビーチ。
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気温は30℃を超えていましたが、非常に乾燥しているので気持ち良く
皆さま思い思いに休日を楽しんでいる様子。。。と思ったら
どこからか大音量の「ザ・中国」な ド演歌が!音の方へ歩いて行くと
2~3歳の孫を連れた老夫婦が、破れた傘の下で(日除け?)、ド演歌をかけ
チェリーを食べていたのです (-_-メ)
通りすがりの数人に注意されても聞く耳持たず(言葉がわからなかった?)
挙げ句「おまえたち注意しろよ」的な目で見られてしまったのでした(悲)

30年数年前、初めてパリのヴィトンへ行った時に、
店の前は入店待ちの日本人の行列、日本語を話せる店員さんも何人かいて
驚いたものですが、今はホテルのビュッフェ台も料理名などが中国語併記。
今回の旅でも何度「ニイハオ」「シェーシェー」と声をかけられたことか。
あの頃、日本人は欧米でどういう目で見られていたのでしょうか?

というわけで退散することに。
下りのケーブルカーは並ばずに乗ることができました。
RED CITY BUS に再び乗って・・・(後半に続く)。
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3度目の南アフリカの旅の目次です
01. 3度目の南アフリカへ
02. RED CITY BUS でケープタウン観光(前半)
03. RED CITY BUS でケープタウン観光(後半)
04. ロボスレイルの旅 1日目
05. ロボスレイルの旅 2日目
06. ロボスレイルの旅 3日目
07. Palace of The Lost City
08. サンシティあれこれ
09. 熱気球から見た日の出
10. カウントダウンパーティ
11. The Lost City Golf Course
12. 赤ちゃんライオンと遊べるウクトラ・ライオンパーク
13. 帰国へ
by tanpopo-jyo | 2016-01-14 16:13 | 南アフリカ共和国 | Comments(0)

出発~デリー市内観光

2015年9月18日(金)

今年のシルバーウィークは土曜日を含めると5連休と並びが良く
そのせいか成田空港は大混雑。
チェックインカウンターはビジネスクラスでも20~30人の行列でした。
手荷物検査は横から入れてもらえるものの出国審査室は各カウンターの列の
最後尾がどこなのかさえわからないほど。
何とか全て終えて全日空のラウンジに落ち着いたのは離陸1時間半前。
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成田発18:40 NH827便に搭乗したものの離発着の混雑で、滑走路で40分待ち。
夕食後は北野武監督のコメディ「龍三と7人の子分たち」と
「ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声」
「METライブビューイング チャイコフスキー "エフゲニー・オネーギン" 」 の3本を
見たらインディラ・ガンディ 国際空港に着いちゃいました^^ 所要9時間。
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2015年9月19日(土)
午前1時前、到着ロビーでガイドのカーンさん、ドライバーのシンさんと会えてホッ。
雨が降るなかタージパレスホテルにチェックインしたのは午前2時。
日本時間午前5時半なので眠い!

8時過ぎ、朝食を食べに行く頃になって昨夜来の雨があがったので外観を1枚。
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チェックインの時に眉間にポチッと赤いシルシを付けてくれたロビーはこちら。
朦朧としていたので記憶なしですが。
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9時にガイドのカーンさんが迎えに来てくれてホテルを出発。
今回の旅行はゴールデン・トライアングルと呼ばれる北インドの3都市デリー、
ジャイプール、アグラで、世界文化遺産5つを見学するのが目的です。
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インドの首都デリー は、イギリスの設計・建設による新都市部分ニューデリーと
古くからある町 オールドデリーに分けられ、2011年の都市圏人口は2,163万人。
大統領官邸からまっすぐ3㎞先にあるのが・・・
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高さ42mのインド門。第一次世界大戦で戦死したインド人兵士の慰霊碑で
戦没者1万3500名の名前が刻まれているそうです。
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世界遺産 レッド・フォートは、
タージ・マハルを築いたムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、
アグラから遷都して居城としてつくったもの。
1639年から9年の歳月をかけて完成、赤砂岩を積み上げて造った要塞のため、
別名「ラール(赤い)キラー(城)」と呼ばれています。逆光ですが・・・。
豪華な宮殿だったようですが、1857年「インド大反乱」(セポイの反乱)での略奪や
イギリス軍が駐屯地として兵舎を建設したため、城内は大きく作り変えられました。
というわけで中へは入らず。
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ラージ・ガートは1948年に暗殺されたマハトマ・ガンディーが荼毘に付された場所
ですが、敷地が広大で周囲は公園のため入り口からは結構歩きます。
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慰霊碑前まで行くにはハダシにならなければいけないので上から眺めることに
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黒大理石の慰霊碑の所が火葬のなされた場所。
遺灰はインド各地の河に流されたため、ここには残っていないそうです。
上から眺めただけではインドに敬意を表したことになりませんかね?
オールドデリー地区から・・・
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ニューデリー地区に戻り、ヤムナー川沿いに位置するインドで最初に建てられた
ペルシャ系イスラム建築様式の墓廟、世界遺産 フマユーン廟を訪れます。
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入場券売り場がやたらと厳重
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1つ目の門を通り抜けたあと振り返って。
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2つ目の門をくぐると ・・・
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手入れの行き届いた庭園に囲まれ、中央にドームをいただいた左右対称、
白大理石と赤砂岩のコントラストが美しいフマユーン廟が姿を現しました。
逆光のため午後からでないと鮮やかな赤が出ませんね
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フマユーン廟は、ムガル帝国の第2代皇帝フマユーンの死を嘆いた妃が
9年の歳月をかけて1565年に建立したもので、これより100年後に第5代皇帝が
亡き妃を偲んで完成させたタージ・マハルの建築様式に影響を与えたと
いわれています。正面入り口から・・・
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急な階段をあがると、
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中央墓室。この石棺はダミーで、本物の石棺は地下にあるそうです。
午前中のデリー市内観光はこれで終了。めちゃくちゃ駆け足!
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市内レストランで昼食。
ガイドのカーンさん曰く「るるぶ」にも載った有名なお店。
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ヒンズー教徒は、ニンニク、ニラ、ラッキョウ、玉ねぎ、アサツキは食べないと
聞いていましたがいきなり出てきたのがペコロスの酢漬け。
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タンドリーチキンとシシカバブ
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豆カレー、マトンカレー、マッシュルーム&グリンピースカレー、じゃがいもカレー、
山椒入りライスとナン。特に美味しいというほどではなく (>_<)
昼食後はニューデリーの郊外へ向かいます。
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インド旅行記は下記のとおりです
①出発~デリー市内観光
②デリー郊外のクトゥブ・ミナール
③風の宮殿 in ジャイブール
④象のタクシーで行くアンベール城
⑤シティパレスとジャンタル・マンタル天文台
⑥14年で捨てられた都ファテープル・シークリ
⑦囚われの間があるアグラ城
⑧インドの至宝 タージ・マハル
⑨アグラからデリーへ そして帰国

by tanpopo-jyo | 2015-09-26 20:32 | インド | Comments(6)

デリー郊外のクトゥブ・ミナール

2015年9月19日(土)

ニューデリーより南へ約15kmの郊外にそびえるインド最大のミナレット(塔)、
クトゥブ・ミナールは、インドで最初のイスラム建築で
1993年に世界遺産に登録されました。
この塔はインド北部を征服した奴隷王朝(1206~1290年)のスルタンが、
ヒンドゥー教徒に対する勝利を記念して建てたもので高さ72.5m。外壁は・・・
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曲線と直線を交互に組み合わせた安定したデザインで、
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コーランの言葉を図案化した彫刻が刻まれています。この塔の北側には・・・
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クトゥブ・ミナールよりもさらに高い塔を建てようとして挫折したアラーイーの塔の
基部が残っています。完成していたらいったい何mの塔になっていたのでしょう?
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クトゥブ・ミナールの隣にはインドで最初のモスク「クワットゥル・イスラム・モスク」が
ありますが、
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ヒンドゥー教寺院を破壊した際に出た石材を再利用して建てられているため、
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石柱にはヒンドゥー教の神、ガネーシャが彫られていたり、
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削り取られていたり。
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中庭には4世紀のグプタ朝時代に100%に近い純度の鉄で造られたという鉄柱が
今も錆びずに残っています。純度が高いために錆びないらしいのですが、
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下部は多少錆びていて、これは酸性雨の影響ではないかとのこと。
1600年経ってこの状態なら素晴らしいと思いますが。
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デリーでの駆け足観光はこれで終了、14時15分、デリーを出発。
今夜の宿泊地ジャイプールまでは260㎞、所要5~6時間と聞いてガックリ。
途中、ジャイプールまで残り95㎞地点で休憩をしたのですが・・・
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目の前をノラ牛の集団 が通りすぎて行きました。オス牛は死ぬまで働きますが
牝牛はシヴァ神が乗る神聖な動物なので、乳が出なくなると放たれるそうです。
ノラ牛は高速道路の中央分離帯を含め、ありとあらゆる場所にいて
少なくとも1日に50~60頭は見かけました。
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20時ジャイプール着。
ガイドのカーンさんはレストランで夕食を済ませてからチェックインと言いましたが
疲れ果てて絶対無理!(何しろ午前2時にデリーのホテルにチェックインした日の
20時ですから) と断固拒否。結局ホテルで夕食(またカレーですけど)。
すごく当たる占い師をホテルに呼ぼうか? と訊かれ これも拒否 (-_-メ)
今夜は寝ます宣言!

インド旅行記は下記のとおりです
①出発~デリー市内観光
②デリー郊外のクトゥブ・ミナール
③風の宮殿 in ジャイブール
④象のタクシーで行くアンベール城
⑤シティパレスとジャンタル・マンタル天文台
⑥14年で捨てられた都ファテープル・シークリ
⑦囚われの間があるアグラ城
⑧インドの至宝 タージ・マハル
⑨アグラからデリーへ そして帰国

by tanpopo-jyo | 2015-09-26 15:10 | インド | Comments(0)