
大好きな花散歩から世界最古、アプリコット色のナミブ砂漠まで。好奇心を原動力にあちこち出かけます
by tanpopo-jyo
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モーリス・ユトリロ展
2025年10月17日(金)
今日は、SOMPO美術館で開催中の「モーリス・ユトリロ展」へ行って来ました。
没後70年を迎える風景画家・ユトリロ の歩みを一望できる待望の展覧会です。
1883年、18歳のシュザンヌ・ヴァラドンの私生児として誕生したモーリスは、
7歳の時に画家・ミゲル・ウトリリョ(ユトリロ・実父ではない) に認知されて
モーリス・ヴァラドンからモーリス・ユトリロに改姓します。

母・シュザンヌは、ドガやルノアール、ロートレックのモデルを経て画家になった人で
ユトリロは祖母のもとで成長しますが、孫の世話に手を焼いた祖母は
自身が酒飲みであったこともあり、幼いユトリロに酒を飲ませるようになり、
10代半ばには 「立派な」アルコール依存症に。
アルコール依存症の治療の一環として絵筆をとったのが 「モンマニー時代」。
22~23歳頃のユトリロは、印象派のシスレーやピサロの影響のもとにあって
黄土色・緑色・黄色・青色などの明るい色彩を筆触分割する作品はこの時期だけのもの。
絵のモチーフは、パリ近郊のモンマニーや、モンマルトルの風景でした。
モンマニーの屋根 1906-07年頃 油彩・カンヴァス

印象派の影響も認められますが、色調は暗くうら寂しい絵ですね。
ヴィルタヌーズの城 1908-09 油彩・厚紙

酒の飲み代を稼ぐため、作品を買ってくれる身近な人々に売るという、
パリ郊外 - サン=ドニ 1910年 油彩・厚紙

生きるために描いていた時代です。
モンモランシーの通り 1912年頃 油彩・カンヴァス

1909年前後から白を基調とした絵を制作し始めたユトリロは、
絵の具に石膏や砂、鳥のフンなどを加え、画面にザラつきと重厚感を与えて
灰色がかった白、黄色味がかった白などニュアンスを使い分け
漆喰壁の質感を巧みに表現した 「白の時代」(27~31歳頃) と呼ばれる作風を確立します。
可愛い聖体拝受者、トルシー=アン=ヴァロワの教会(エヌ県) 1912年頃 油彩・カンヴァス

モンマルトルのキャバレー 「ラパン・アジル」 のように繰り返し描いていた
同一モチーフの作品を以下に3点並べてみました。
ユトリロの風景との向き合い方がわかって面白いと思います。
ラパン・アジル 1910年 油彩・カンヴァス

ラパン・アジル 1913年頃 油彩・カンヴァス

ラパン・アジル、サン=ヴァンサン通り、モンマルトル 1927年 グワッシュ・厚紙

批評家や画商の支援を得て 次々と作品を制作し、作品も次第に売れるようになる一方で、
「白の時代」のユトリロの健康状態は日ごとに悪化していきました。
1910、12、13年には療養所に入り、一時的に病状は回復したものの、
1914年に第一次世界大戦が勃発した折、志願した兵役検査は不合格。
落伍者の烙印を押されたように感じたユトリロは酒グセを悪化させ、
結果として全盛期 「白の時代」は1915年を境に停滞するのですが、
画家としての名声は高まるばかりだったようです。
サノワのマジャンディ通り (ヴァル=ドワーズ県) 1912-14年 油彩・カンヴァス

ユトリロは 画業最初期の22歳の頃に、3歳年下の画家志望の青年ユッテルと知り合って、
2人で酒を飲みに行ったり、絵を描いたり、
ユトリロが何度か公然猥褻罪で勾留された時などは、ユッテルが奔走して助けたり...
という関係が10年ほど続くのですが、なんと!第一次世界大戦が勃発した1914年に
母・シュザンヌ (49歳) と、ユッテル (29歳) が結婚するんです。
シュザンヌは恋多き人で、それまでも同棲、結婚、離婚を繰り返していましたけれど、
ユトリロにしてみれば友人が義父になるわけで 複雑な関係ですよね。
そんなこともあってか、第一次大戦中 「白の時代」のニュアンスに富んだ色彩は鳴りを潜め、
硬い輪郭線と 鮮やかな色彩が目立つ画風 「色彩の時代」に移行していきます。
義父・ユッテルは、ユトリロを金ヅルと考えるようになり、
1923年 (ユトリロ40歳) 、ボージョレ地方の小村に古い城館を購入し、
そこにユトリロを軟禁状態にして制作を強いるように。
モンマルトルのミミ=パンソンの家とサクレ=クール寺院、モン=スニ通り 1925年

軟禁状態のユトリロは、絵はがきや写真、記憶を頼りに
モンマルトルの街角やフランスの地方風景を描きました。
1928年には レジオン=ドヌール勲章 シュヴァリエを受賞、名実共に国民的画家となり、
それからほどなくして義父・ユッテルは容色の衰えたシュザンヌを捨てて家を出ます。
オーモン近郊の学校 (ノール県) 1926年 油彩・カンヴァス

奔放な母も夫・ユッテルと離別し、病を得て気弱になったのでしょうか、
自分亡きあと、ユトリロの面倒をみてくれる人が必要と考えたのかはわかりませんが、
旧知のベルギーの銀行家未亡人リュシーにユトリロと結婚して欲しいと頼みます。
1935年、ふたりは結婚。この時ユトリロは52歳、リュシーは12歳年上の64歳。
結婚した年に描いたのが下の絵。
どこか柔らかく 明るさを帯びた雰囲気があるように感じます。
シャラント県アングレム、サン=ピエール大聖堂 1935年 油彩・カンヴァス

結婚後、71歳でこの世を去るまでの約20年、ユトリロは平穏に暮らしたそうです。
風景画家のユトリロが花瓶に生けた花を描くのは珍しいと思いますが、
結婚前からたびたびこのような花の絵を描き、リュシーに贈っていたそうですよ。
クリスマスの花 1941年 グワッシュ・紙
ユトリロの様式展開を緩やかな年代順に沿ってたどる モーリス・ユトリロ展は、
12月14日(日)まで。ごく一部の作品を除いて撮影可です。是非是非!!!

最後に。
ユトリロ展とはまったく関係のない話をひとつ。
70歳にして 初スマホ !
もともと携帯は好きじゃないので使わないから充電は10日に1回もすれば充分だったのに
最近、使わなくても1日で電池切れするようになったんです。
おまけに昨日は充電中に本機が熱々に。
火事でも出したら大変なので、近所のドコモへ行って
「一番軽くて、一番画面の大きいの下さい」と言ったら、コレが出てきました。
白髪のおばあさんが初スマホで大変!と思ったのか最後はスタッフ3人がかりであれこれ説明。
電話帳を移してくれて、文字の大きさやスピーカーの音量を快適に直してくれて、
dポイント(いまだにこれが何かは不明) を使って実際にお買い物をしたり。
(紀ノ國屋のジップロックを買ってみた!!)
「僕が電話しますから鳴ったら出てください」まで言われました。
トータル3時間。そんなに一度に教えてくれてもわかりませんよ、私。
お支払いは24万円弱でしたけど、「半額だけ払って残りは分割 ? にすれば、
4年以内に機種変をした時に残金はなくなる」と言われたけれど全く意味不明。
何故なくなるの? アヤシイから一括で払いましたけど。
「機種変って どのくらいでするんですか?」と訊いたら、
「この辺りの方は特殊で1年未満が多いです」と。何それ?
そういう訳なので、私のメルアドをご存じの皆さま。
当分の間、私の携帯にメールは送らないでね。返信できないし。
メールはPCにお願いいたします m(._.)m
あ、電話をかけるのと、出るのは大丈夫 ♪

今日は、SOMPO美術館で開催中の「モーリス・ユトリロ展」へ行って来ました。
没後70年を迎える風景画家・ユトリロ の歩みを一望できる待望の展覧会です。
1883年、18歳のシュザンヌ・ヴァラドンの私生児として誕生したモーリスは、
7歳の時に画家・ミゲル・ウトリリョ(ユトリロ・実父ではない) に認知されて
モーリス・ヴァラドンからモーリス・ユトリロに改姓します。

母・シュザンヌは、ドガやルノアール、ロートレックのモデルを経て画家になった人で
ユトリロは祖母のもとで成長しますが、孫の世話に手を焼いた祖母は
自身が酒飲みであったこともあり、幼いユトリロに酒を飲ませるようになり、
10代半ばには 「立派な」アルコール依存症に。
アルコール依存症の治療の一環として絵筆をとったのが 「モンマニー時代」。
22~23歳頃のユトリロは、印象派のシスレーやピサロの影響のもとにあって
黄土色・緑色・黄色・青色などの明るい色彩を筆触分割する作品はこの時期だけのもの。
絵のモチーフは、パリ近郊のモンマニーや、モンマルトルの風景でした。
モンマニーの屋根 1906-07年頃 油彩・カンヴァス

印象派の影響も認められますが、色調は暗くうら寂しい絵ですね。
ヴィルタヌーズの城 1908-09 油彩・厚紙

酒の飲み代を稼ぐため、作品を買ってくれる身近な人々に売るという、
パリ郊外 - サン=ドニ 1910年 油彩・厚紙

生きるために描いていた時代です。
モンモランシーの通り 1912年頃 油彩・カンヴァス

1909年前後から白を基調とした絵を制作し始めたユトリロは、
絵の具に石膏や砂、鳥のフンなどを加え、画面にザラつきと重厚感を与えて
灰色がかった白、黄色味がかった白などニュアンスを使い分け
漆喰壁の質感を巧みに表現した 「白の時代」(27~31歳頃) と呼ばれる作風を確立します。
可愛い聖体拝受者、トルシー=アン=ヴァロワの教会(エヌ県) 1912年頃 油彩・カンヴァス

モンマルトルのキャバレー 「ラパン・アジル」 のように繰り返し描いていた
同一モチーフの作品を以下に3点並べてみました。
ユトリロの風景との向き合い方がわかって面白いと思います。
ラパン・アジル 1910年 油彩・カンヴァス

ラパン・アジル 1913年頃 油彩・カンヴァス

ラパン・アジル、サン=ヴァンサン通り、モンマルトル 1927年 グワッシュ・厚紙

批評家や画商の支援を得て 次々と作品を制作し、作品も次第に売れるようになる一方で、
「白の時代」のユトリロの健康状態は日ごとに悪化していきました。
1910、12、13年には療養所に入り、一時的に病状は回復したものの、
1914年に第一次世界大戦が勃発した折、志願した兵役検査は不合格。
落伍者の烙印を押されたように感じたユトリロは酒グセを悪化させ、
結果として全盛期 「白の時代」は1915年を境に停滞するのですが、
画家としての名声は高まるばかりだったようです。
サノワのマジャンディ通り (ヴァル=ドワーズ県) 1912-14年 油彩・カンヴァス

ユトリロは 画業最初期の22歳の頃に、3歳年下の画家志望の青年ユッテルと知り合って、
2人で酒を飲みに行ったり、絵を描いたり、
ユトリロが何度か公然猥褻罪で勾留された時などは、ユッテルが奔走して助けたり...
という関係が10年ほど続くのですが、なんと!第一次世界大戦が勃発した1914年に
母・シュザンヌ (49歳) と、ユッテル (29歳) が結婚するんです。
シュザンヌは恋多き人で、それまでも同棲、結婚、離婚を繰り返していましたけれど、
ユトリロにしてみれば友人が義父になるわけで 複雑な関係ですよね。
そんなこともあってか、第一次大戦中 「白の時代」のニュアンスに富んだ色彩は鳴りを潜め、
硬い輪郭線と 鮮やかな色彩が目立つ画風 「色彩の時代」に移行していきます。
義父・ユッテルは、ユトリロを金ヅルと考えるようになり、
1923年 (ユトリロ40歳) 、ボージョレ地方の小村に古い城館を購入し、
そこにユトリロを軟禁状態にして制作を強いるように。
モンマルトルのミミ=パンソンの家とサクレ=クール寺院、モン=スニ通り 1925年

軟禁状態のユトリロは、絵はがきや写真、記憶を頼りに
モンマルトルの街角やフランスの地方風景を描きました。
1928年には レジオン=ドヌール勲章 シュヴァリエを受賞、名実共に国民的画家となり、
それからほどなくして義父・ユッテルは容色の衰えたシュザンヌを捨てて家を出ます。
オーモン近郊の学校 (ノール県) 1926年 油彩・カンヴァス

奔放な母も夫・ユッテルと離別し、病を得て気弱になったのでしょうか、
自分亡きあと、ユトリロの面倒をみてくれる人が必要と考えたのかはわかりませんが、
旧知のベルギーの銀行家未亡人リュシーにユトリロと結婚して欲しいと頼みます。
1935年、ふたりは結婚。この時ユトリロは52歳、リュシーは12歳年上の64歳。
結婚した年に描いたのが下の絵。
どこか柔らかく 明るさを帯びた雰囲気があるように感じます。
シャラント県アングレム、サン=ピエール大聖堂 1935年 油彩・カンヴァス

結婚後、71歳でこの世を去るまでの約20年、ユトリロは平穏に暮らしたそうです。
風景画家のユトリロが花瓶に生けた花を描くのは珍しいと思いますが、
結婚前からたびたびこのような花の絵を描き、リュシーに贈っていたそうですよ。
クリスマスの花 1941年 グワッシュ・紙
ユトリロの様式展開を緩やかな年代順に沿ってたどる モーリス・ユトリロ展は、
12月14日(日)まで。ごく一部の作品を除いて撮影可です。是非是非!!!

最後に。
ユトリロ展とはまったく関係のない話をひとつ。
70歳にして 初スマホ !
もともと携帯は好きじゃないので使わないから充電は10日に1回もすれば充分だったのに
最近、使わなくても1日で電池切れするようになったんです。
おまけに昨日は充電中に本機が熱々に。
火事でも出したら大変なので、近所のドコモへ行って
「一番軽くて、一番画面の大きいの下さい」と言ったら、コレが出てきました。
白髪のおばあさんが初スマホで大変!と思ったのか最後はスタッフ3人がかりであれこれ説明。
電話帳を移してくれて、文字の大きさやスピーカーの音量を快適に直してくれて、
dポイント(いまだにこれが何かは不明) を使って実際にお買い物をしたり。
(紀ノ國屋のジップロックを買ってみた!!)
「僕が電話しますから鳴ったら出てください」まで言われました。
トータル3時間。そんなに一度に教えてくれてもわかりませんよ、私。
お支払いは24万円弱でしたけど、「半額だけ払って残りは分割 ? にすれば、
4年以内に機種変をした時に残金はなくなる」と言われたけれど全く意味不明。
何故なくなるの? アヤシイから一括で払いましたけど。
「機種変って どのくらいでするんですか?」と訊いたら、
「この辺りの方は特殊で1年未満が多いです」と。何それ?
そういう訳なので、私のメルアドをご存じの皆さま。
当分の間、私の携帯にメールは送らないでね。返信できないし。
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by tanpopo-jyo
| 2025-10-17 23:35
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