大好きな花散歩から世界最古、アプリコット色のナミブ砂漠まで。好奇心を原動力にあちこち出かけます


by tanpopo-jyo

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「はいからモダン袴スタイル」展

2026年1月7日(水)

今日は弥生美術館で開催中の 「はいからモダン袴スタイル」展へ行って来ました。
「はいからモダン袴スタイル」展_b0112909_23064209.jpg


袴は明治・大正時代の女学生や小学生の通学服でした。
しかし近代教育の幕開けとともに登場した当初は、
男装的な姿が「醜い」「国辱」とまでの非難を浴びて着用が禁止され、
その後にマチのない (=右足左足に分かれていない) スカート状の
「女袴」が考案されたことで広まっていったそうです。
男袴をはいた東京女子師範学校の生徒 明治10年(1877) お茶の水女子大学蔵
「はいからモダン袴スタイル」展_b0112909_23221968.jpg


一方、明治8 (1875)年に開学した私の母校は、
華族女学校ができる以前に皇族や華族の子女が多く在学していた女学校のため、
開学当初から男袴ではなく、美子皇后 (昭憲皇太后) の御内意を受けて
宮中の緋袴の色を紫色にしたものを着用。
多数の生徒が暮らしていた「お塾」(寄宿舎) に因んで 「お塾袴」と呼ばれ、
昭和5 (1930)年に 洋服の校服が制定されるまで
紫袴は50数年間、母校のシンボルでした。
下の写真は平常服とは別に、明治32(1899)年制定の母校の黒紋付式服です。
「はいからモダン袴スタイル」展_b0112909_00541423.jpg


そういう訳で、私も昭和53(1978)年の大学卒業時には袴を着用。
「はいからモダン袴スタイル」展_b0112909_00014831.jpg


下の写真は大正末から昭和初期頃の女学生の装いです。
右は菊柄のニコニコ絣 (絣風に色柄を染めた木綿の着物)に短い袴の下級生風。
左は矢羽根柄の銘仙に海老茶色のモスリン地を合わせた女学生スタイルで、
日傘は女学生の必須アイテム。
靴は短靴やストラップシューズが多かったようです。
「はいからモダン袴スタイル」展_b0112909_00483260.jpg


袴が従来の和服よりも動きやすく活動的な衣服としての側面を持つことから、
学生服としてだけでなく 「働く女性」たちの装いとしても広まっていきました。
雑誌や本に掲載されたコマ絵によって画家としてスタートした竹久夢二も、
「女学世界」(明治40年発行)で " 女学生特殊風俗 " として
女学生の袴姿を描いています。
「はいからモダン袴スタイル」展_b0112909_00221829.jpg


また大正時代を生きる女学生・紅緒が主人公の 「はいからさんが通る」や、
少女フレンド 1976年8月号掲載
「はいからモダン袴スタイル」展_b0112909_17114857.jpg


競技かるたに情熱を燃やす高校生たちの姿を描いた少女漫画「ちはやふる」など、
袴姿のキャラクターが登場する様々な作品も紹介していました。
BE・LOVE 2015年11月号表紙
「はいからモダン袴スタイル」展_b0112909_17142586.jpg


右は、「はいからさんが通る」の主人公・花村紅緒をイメージした
銘仙に緑の袴を合わせた大正末~昭和初期のコーディネートで、
左は紅緒の友人・環のお嬢さま風、染の着物のコーディネートだそうです。
赤紫の縞に春から初夏の花々が描かれた柄で華やかです。

洋服や振袖が主流となっていた大学の卒業式スタイルに、
1970年代後半頃から袴姿が再登場し、80年代初めにはメディアでもとりあげられたとのこと。
袴増加の要因として、NHKの連続テレビ小説などの影響も指摘されていますが、
もっとも大きな影響を与えたのは 「はいからさんが通る」だと言われているようです。
「はいからモダン袴スタイル」展_b0112909_17192076.jpg


卒業式以外で 「女袴」が着用される機会としては、
競技かるたや将棋などの試合があげられます。
昭和32(1957)年に始まった かるたのクィーン位戦は、昭和40(1965)年頃には袴着用に。
競技かるたをする際は、前傾姿勢で膝を割り、脚を左右に広げた体勢で行うため
正絹だと畳と膝が摺れて簡単に裂けてしまうそうで、
合繊やウール、綿素材の袴を着用するとありました。

競技かるたの袴は、日本の伝統文化を感じさせる装いですが、
武道の袴にも似た 「戦闘服」としての側面も感じさせますね。
「はいからモダン袴スタイル」は、文京区根津の弥生美術館で3月29日(日)までです。
「はいからモダン袴スタイル」展_b0112909_17493866.jpg



by tanpopo-jyo | 2026-01-07 18:16 | その他の東京23区 | Comments(0)