大好きな花散歩から世界最古、アプリコット色のナミブ砂漠まで。好奇心を原動力にあちこち出かけます


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イランの旅 ②ゴレスタン宮殿

2018年4月27日(金)

ガイドのハミットさんが迎えに来てくれて9時にホテルを出発。
まず向かったのは世界遺産、ゴレスタン宮殿 です。
宮殿前のチケット売り場にはヨーロッパの観光客がたくさん。
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テヘランの名前がイランの歴史上に出現したのは、1796年にアフシャール朝を倒し、
ガジャール王朝(~1925年) がここを首都にしてからなので、まだ220年余り前のこと。
この王宮に第4代の王、ナーセルッディーン(在位1848 - 1896年)がヨーロッパ文化を取り入れ、
ヨーロッパ風の建物を建てるように命じて造られたのが、ゴレスタン宮殿で、
「ゴレスタン」とは「バラの園」という意味だそうです。
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宮殿内に入るドアが開くのを待っている時に、先着していたツアーの方に「どこから来たの?」と訊かれ、
「日本」と答えると 「大きな国から来たのね!私たちの国はたった200万人なのよー」と。
スロベニアの方々でした。200万人の国から十数人のツアーで来る方がすごいと思うんですけど?
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ドアが開くと、目の前に赤絨毯が敷かれた階段。壁も・・・
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天井も鏡のモザイク張りで、きらびやかな空間です。この中に入るには・・・
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靴カバーを装着。
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玉座がある・・・
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謁見の間の周囲には、
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日本をはじめ世界中の国から国王に贈られた品々が展示されています。
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ビクトリア女王からは「世界時計」が贈られたようです。日本は YOKOHAMA となっていました。
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こちらは象牙の間。
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ナポレオンから椅子やテーブルが贈られたダイニングルームと、
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その隣の「輝きの間」。
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シャンデリアの光が壁や天井の鏡に反射して華やかなこと!
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この他にもシャムス・オル・エマーレなど庭園内には7つの博物館があります。
ヨーロッパ建築を取り入れて造られたシャムス・オル・エマーレは、
当時、テヘランで最も高層の建造物だったそうです。ところで・・・
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庭園内には人慣れした
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猫がたくさん!!
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ゴレスタン宮殿の南側には、
広大なバザールがありますが今日は金曜日なのでお休み。
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それでも開いているお店を探してフラフラしていたら旬のソラマメを売っていました。
1キロ 150,000リアル(約400円)。安っ150.png
ガイドのハミッドさんによると煮込み料理でよく使うので1年分まとめ買いして冷凍しておくそうです。
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「写真撮って~」とお弁当屋のお兄ちゃん's (笑) このあとは考古学博物館と絨毯博物館です。。。
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イランの旅の目次は下記のとおりです
行ってきます(準備編)
①イランの旅 成田出発からテヘラン到着まで
②イランの旅 ゴレスタン宮殿 
③イランの旅 考古学博物館と絨毯博物館
④イランの旅 ナシル・アル・モスク(ローズモスク)
⑤イランの旅 ペルセポリスとナグシェ・ロスタム
⑥イランの旅 サーディ廟・ハーフェズ廟とエラム庭園
⑦イランの旅 シラーズ街歩き
⑧イランの旅 シラーズからヤズドへ
⑨イランの旅 沈黙の塔とゾロアスター寺院
⑩イランの旅 アミール・チャフマーグのタキイエとマスジェデ・ジャーメ
⑪イランの旅 ヤズドからイスファハンへ
⑫イランの旅 ヴァーンク教会
⑬イランの旅 イスファハンの街歩き
⑭イランの旅 イマーム広場とマスジェデ・イマーム
⑮イランの旅 シェイフ・ロトゥフォッラー・モスクとアリカプ宮殿
⑯イランの旅 イスファハンの街歩き(その2)
⑰イランの旅 オアシス都市カーシャンと聖地ゴム、そして帰国


by tanpopo-jyo | 2018-05-16 18:14 | イラン | Comments(0)

イランの旅 ⑤ペルセポリスとナグシェ・ロスタム

2018年4月28日(土)

バラのモスクの次はシラーズの街から北に50~60㎞にあるペルセポリス へ。
道中、小麦畑や菜の花畑を左右に見ながら1時間弱で到着しました。
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アケメネス朝ペルシャ帝国時代の紀元前512年頃、ダレイオス1世によって建築が進められ、
その子クセルクセス1世によって完成した約450mx300mの基盤の上に築かれた神殿跡です。
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ペルセポリスはギリシア語で、「ペルシャの都市」という意味で、
ヨルダンのぺトラ遺跡、シリアのパルミア遺跡(2015年 ISにより破壊された) と共に
中東の3Pと呼ばれ、イラン必見の観光地。世界史の教科書にも出てきましたよね!
遺跡は丘の上に造られているので・・・
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111段の階段を上ります。
階段の高さが10㎝ なのは、王さまが馬に乗ったまま上がれるように、
さらには重い甲冑に身をかためた兵士たちが楽に上がれるようにという配慮だそうです。
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階段横には石垣が積まれていますが、ただ積みあげただけではなく・・・
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一番上の凹んだ所から溶けた鉄を流し込み、クサビの代わりにしていたそうです。
縄文~弥生時代頃に!?
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階段を上りきるとすぐ目の前にペルセポリス宮殿の正門、クセルクセス門がありますが、
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翼を持った牡牛の体に人間の頭がついた有翼人頭像は、
偶像崇拝を禁止するイスラム教徒によって顔が破壊されてしまっています。
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クセルクセス門を通り抜けると儀仗兵の通路が伸び、左手には獅子の体に、馬の耳を持つ
双頭の鷲、「ホマ」。伝説の鳥、ホマはイランでは幸福を意味するそうです。
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紀元前331年、ペルセポリスを陥落したマケドニアのアレキサンダー大王は、
その財宝を運び出すために、1万頭のロバと5千頭のラクダを使ったそうですが、
徹底的に壊しちゃいましたねー。ペルシア戦争の仕返し?
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デザインは少しずつ異なりますが、ペルセポリスにはライオンが一角獣を襲っているレリーフが
数多くあります。夏を表すライオン(獅子座)が、冬の牡牛座に噛みついているところから
冬から 夏へと季節の移り変わりを意味するという説と、
ライオン(大王)が 敵 (牡牛) を倒す姿 とする説があるようです。
紀元前にはこの辺りにもライオンがいたのね!
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百柱の間の入口を飾っているレリーフ。
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レリーフがある壁の向こうは中央宮殿。
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レリーフが彫られた壁に囲まれた東階段を上ったところにあるのが・・・
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一段高い基壇にあるアバターナ (謁見の間)。
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東階段は、現在 壁の保護のため大屋根に覆われています。
南向きのレリーフには諸国使節団として23の民族と、彼らが持参した貢物が克明に彫られ、
西はエジプトから東はインドまで広範囲に及んでいた大王の権力を示しています。
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たとえば、地中海岸のイオニアからはトウモロコシや布を、
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パルティア人(イラン高原東北部に興った王国)やイスラエル人はラクダ、ガンダーラ人は牛、
ゾグド人(中央アジアのタジキスタンとウズベキスタン辺り) は羊を持って行進しています。
ラクダの上にある模様はロータス。
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ダレイオス1世の宮殿、タチャラ は冬の宮殿という意味で、
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建材に磨きぬかれた黒大理石を使っているため 「鏡の間」 とも呼ばれているそうです。
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この日は地元の女子高生が多数、社会科見学? に訪れていて、彼女たちから「中国人?」と訊かれ
「日本人」と答えたら キャーキャー騒ぎながら「中国人じゃないって!日本人だって!!」と叫び
(チーニーとかジャポネとか言っていたのでたぶんそんな感じかと?^^)
そのあとは収拾不能のモミクチャ状態に153.pngグループごとに写真を撮り、
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「これ食べて」「これも食べて」と次々差し出される彼女たちのおやつを全部食べ、
最後は 「じゅんちゃん バイバーイ」(途中でニックネームを訊かれた) と 車に乗り込んだ私たちを
全員で見送ってくれました。あーおどろいた!!
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ナグシェ・ロスタムへ向かう車中で、ハミッドさんに「何故 イランの人は日本人が好きなの?」と訊くと
「Sony や Panasonic の製品が素晴らしかったことをイラン人は忘れていない。
革命のあと日本はアメリカの言うことをきいてイランに来なくなっちゃったけどねー。
代わりに中国が来たけど中国製品はすぐ壊れるからイラン人は信用していない」という話でした。
あと「おしん」も人気で、10数回再放送があり、みんなで泣いて、最高視聴率は90%超え、
理想の女性に選ばれたこともあるのだそうです。
イスラムの国でファティマを差し置いちゃマズイしょ(笑)

さてそんな話をしているうちに、ペルセポリスから15分足らずでナグシェ・ロスタム に到着。
ここには、ダレイオス1世などアケメネス朝(紀元前550~紀元前330)の王墓が4つ並んでいます。
埋葬されているのはダレイオス1世と、子、孫、曾孫の4代で、
写真右の墓がダレイオス1世という以外、あとの3人の墓については諸説があって順番は不明。
白丸をつけたのは・・・
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馬上のシャプール1世の前に、捕虜となったローマ皇帝ヴァレリアヌスが跪く姿を描いた
「騎馬戦勝図」と名づけられた3世紀のレリーフ。これも世界史の授業で習ったような?
跪くヴァレリアヌス帝(在位:253~260)の右に立っているのもローマ皇帝で、
シャプールの要求をすべて飲んで北部メソポタミアを全面放棄したフィリップス・アラブス。
ペルシア王に降伏する二人のローマ皇帝。イランの人には絶好のフォトスポット166.png
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ランチは近くのレストラン パルシアンで、
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ホレシュテ・バーデムジャーン(茄子の煮込み)
ここシラーズのあるファールス州は茄子の一大産地らしいので。
見かけは悪いですが日本人の口にも合って美味しいです。
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オットはノンアルコールビールも。
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このお店のナンがすごくて(色が悪いのは照明のせいですが)、プチプチ(エアパッキン)みたい122.png
どうして? とハミッドさんに訊いたら機械で大量生産したものらしいです。美味しくない!
ランチをしている間に外は豪雨 おまけに雷も!えー午後は雨ですか。。。
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イランの旅の目次は下記のとおりです
行ってきます(準備編)
①イランの旅 成田出発からテヘラン到着まで
②イランの旅 ゴレスタン宮殿 
③イランの旅 考古学博物館と絨毯博物館
④イランの旅 ナシル・アル・モスク(ローズモスク)
⑤イランの旅 ペルセポリスとナグシェ・ロスタム
⑥イランの旅 サーディ廟・ハーフェズ廟とエラム庭園
⑦イランの旅 シラーズ街歩き
⑧イランの旅 シラーズからヤズドへ
⑨イランの旅 沈黙の塔とゾロアスター寺院
⑩イランの旅 アミール・チャフマーグのタキイエとマスジェデ・ジャーメ
⑪イランの旅 ヤズドからイスファハンへ
⑫イランの旅 ヴァーンク教会
⑬イランの旅 イスファハンの街歩き
⑭イランの旅 イマーム広場とマスジェデ・イマーム
⑮イランの旅 シェイフ・ロトゥフォッラー・モスクとアリカプ宮殿
⑯イランの旅 イスファハンの街歩き(その2)
⑰イランの旅 オアシス都市カーシャンと聖地ゴム、そして帰国


by tanpopo-jyo | 2018-05-16 18:11 | イラン | Comments(0)

イランの旅 ⑥サーディ廟・ハーフェズ廟とエラム庭園

2018年4月28日(土)

どうやら通り雨だったようで、ランチが終わって外に出たら晴れていました。
午後、最初に向かったのはサーディ廟 です。
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サーディは、世界を放浪した抒情詩人で、幼少期にシラーズを出てイラクのバクダットへ遊学。
そのまま30年間も中東や北アフリカ、インドなどを放浪し、45歳を過ぎてからシラーズに戻り、
「ゴレスタン」(薔薇園)、「ブースタン」(果樹園)を相次いで発表。
どちらも長大な作品で、たちまちペルシャ詩の傑作と名声を得たそうです。
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彼の死後、墓はサーディ廟として整備され、歴代の政権により手厚く保護、
現在の廟は1864年に建てられたもので、柩の周囲には・・・
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詩の一節が書かれたタイルも。
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小学校3年生が校外授業に来ていて、廟の前でサーディの詩を暗唱。
それを先生が動画で撮っていました。
何のためかと思ったら、DVDにして各家庭に配るのだそうです。
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つまりどこの家庭もDVDを見ることができる環境というわけなのね?
両親はもちろん、おじいちゃん、おばあちゃんが楽しみにしているんですって!
イランには英語教育を謳った幼稚園もあるそうで、この子たちもきれいな英語を話します。
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次はイランで最も偉大で敬愛されている抒情詩人 ハーフェズのお墓、ハーフェズ廟
生まれ育ったシラーズをこよなく愛し、1325年に生れてから1389年に没するまで
生涯のほとんどをシラーズで過ごしたそうです。
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高台にある丸屋根の東屋風の建物に・・・
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ハーフェズの棺が安置され、大理石の墓石には彼の詩が彫られています。
申し訳ないけれど、詩人のお墓に興味のない私はそそくさとお墓参りをすませて・・・
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世界遺産、エラム庭園 へ。
イラン各地にあるペルシャ式庭園のうち、9つ(エラム庭園、チェヘル・ソトゥーン庭園、フィン庭園、
ドーラト・アーバード庭園、パサルガダエ庭園、シャーザデー庭園、アッバース・アーバード庭園、
パフラヴァンプール庭園、アクバリーエ庭園)が世界遺産に指定されています。
門からまっすぐ進むと見えてくるのは・・・
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19世紀に建てられたガジャール王朝(1796~1925)時代の代表傑作、エラム宮殿
「エラム」とはペルシャ語で「楽園」を意味し、
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バラが咲き誇るエラム庭園は、
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イランのパラダイスとも呼ばれるほど美しい庭園です。
パラダイスの語源は、古代ペルシャ語の「パイリダエーザ」で、壁や塀で囲まれた庭園の意だそうです。
イランは乾燥地帯なので、熱風や砂嵐などを防ぐために壁や塀で囲った中に木々を植え、
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日陰を作り、
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水を巡らせて楽園、人々の憩いの場を造ったのでしょう。
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ここでも「お約束」の記念撮影。
イランに着いて3日目ともなると、目が合っただけで「あ、写真撮りたい?」と思うように^^
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エラム庭園の有名なバラ園は宮殿の後ろにあります。
が!私が想像していたバラ園ではなかったの137.png
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ほぼ満開なのですが、 木が小っさくて、秋は咲かないらしいから原種バラなのでしょうか?
ガイドブックなどには5~6月がシーズンと書いてありますが4月末でこの状態ですから
とても6月までは花はもたないはず。日本のGW頃がベストシーズンかと?
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ナニワイバラなども満開でしたが、
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こんな(2010年5月撮影の京成バラ園) バラ園を想像していたので若干期待はずれ。
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収穫はライム色のバラを見つけたこと \(^o^)/
さてまだ時間も早いし、バザールでもブラブラしますかねー。。。
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イランの旅の目次は下記のとおりです
行ってきます(準備編)
①イランの旅 成田出発からテヘラン到着まで
②イランの旅 ゴレスタン宮殿 
③イランの旅 考古学博物館と絨毯博物館
④イランの旅 ナシル・アル・モスク(ローズモスク)
⑤イランの旅 ペルセポリスとナグシェ・ロスタム
⑥イランの旅 サーディ廟・ハーフェズ廟とエラム庭園
⑦イランの旅 シラーズ街歩き
⑧イランの旅 シラーズからヤズドへ
⑨イランの旅 沈黙の塔とゾロアスター寺院
⑩イランの旅 アミール・チャフマーグのタキイエとマスジェデ・ジャーメ
⑪イランの旅 ヤズドからイスファハンへ
⑫イランの旅 ヴァーンク教会
⑬イランの旅 イスファハンの街歩き
⑭イランの旅 イマーム広場とマスジェデ・イマーム
⑮イランの旅 シェイフ・ロトゥフォッラー・モスクとアリカプ宮殿
⑯イランの旅 イスファハンの街歩き(その2)
⑰イランの旅 オアシス都市カーシャンと聖地ゴム、そして帰国


by tanpopo-jyo | 2018-05-16 18:10 | イラン | Comments(0)

イランの旅 ⑨沈黙の塔とゾロアスター教寺院

2018年4月29日(日)

ヤズドの街に入る10数㎞ 手前に2基の 沈黙の塔
ヤズドはイラン有数のゾロアスター教の本拠地として知られていますが、
ゾロアスター教は火・水・土を神聖視していたので、それらを汚すことを嫌い、
1930年代までこの塔の上で鳥葬・風葬をしていました。
市街地がすぐ近くまで迫った現在は、衛生上の観点から土葬になっているそうです。
2基の間にある建物は、死者が骨になるまでの間、遺族が祈りながら待つための宿泊所。
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沈黙の塔を見上げながら日々祈りを捧げていたのでしょう。
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死者がここに運ばれてくると、係の人は遺体を洗い清めて黒布で包み、頂上に担ぎ上げて
頭のところに名札を置いたそうです。
1~2週間で骨になりますが、遺族が持ち帰るのは右手の手首から肘の骨だけとのこと。
多くは病死だったので、伝染のリスクを避けるため・・・
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係員は外部との接触を避け、このエリアから出られなかったそうで、
ずっとこの中で暮らしたということでした。
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左右どちらの塔にも登ることはできますが、
去年階段ができた向かって右の塔へ上がってヤズドの街を一望。
湿度がほとんどないので汗はあまりかかないのですが、30℃近い中、階段を上がるのは大変!
周りにいたヨーロッパからの皆さんと、スカーフ外してパタパタあおいでしまいました。
今の季節でこんなでは夏になったらどうなるのか?イラン女性が気の毒です。
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沈黙の塔前の駐車場に戻ると、
イギリス、フランス、ドイツ、イタリアからの観光客を乗せた大型観光バスが到着。
ヨーロッパの方は普通にイラン観光をしているのに、日本で「イランへ行く」と言うと
多くの場合「大丈夫?」と心配されます。思い込みだと思うんですけどねー
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沈黙の塔を出て、ヤズドの街の方へ向かったところにゾロアスター教寺院 があります。
ヤズドにいくつもあるゾロアスター教寺院のうち最も重要とされ、異教徒でも見学可能な神殿で、
建物正面中央(赤丸印)には
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「翼ある日輪」で表されたゾロアスター教の善の神、アフラ・マズダーの像があります。
自動車メーカーの マツダ MAZDA の社名は、マツダHPによると
社名「マツダ」は、西アジアの文明の発祥とともに誕生した神、アフラ・マズダーに由来します。
マズダーを東西文明の源泉的シンボルかつ、自動車文明の始原的シンボルとして捉え、
また世界平和を希求し自動車産業の光明となることを願って名付けられました
とあります。
意外なところで関係があるのですね。
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ゾロアスター寺院一番の見どころは、聖なる火。
西暦470年から1500年以上も燃え続けているそうですよ!
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併設の博物館に、ゾロアスター教の開祖の絵が展示してありました。
なんと!「ツァラトゥストラはかく語りき」の ツァラトゥストラは、
開祖の名前 Zarathustra ザラスシュトラ(ゾロアスター)のドイツ語読みですって!
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ヤズドには、推定45,000人のゾロアスター教徒がいるとされますが、信者数の最も多い国はインド。
ゾロアスター教は、イラン古来の宗教として、ササーン朝時代(3~7世紀) には
イラン公式の宗教に定められましたが、7世紀のイスラム軍の進出以来、
少数派の宗教となりました。ヤズドは砂漠地帯のため食糧や飲料水の確保が困難だったため、
イスラム軍はここを回避、難を免れたヤズドに信者が集まったというわけです。

このあとはヤズド市内を巡ります。。。

イランの旅の目次は下記のとおりです
行ってきます(準備編)
①イランの旅 成田出発からテヘラン到着まで
②イランの旅 ゴレスタン宮殿 
③イランの旅 考古学博物館と絨毯博物館
④イランの旅 ナシル・アル・モスク(ローズモスク)
⑤イランの旅 ペルセポリスとナグシェ・ロスタム
⑥イランの旅 サーディ廟・ハーフェズ廟とエラム庭園
⑦イランの旅 シラーズ街歩き
⑧イランの旅 シラーズからヤズドへ
⑨イランの旅 沈黙の塔とゾロアスター寺院
⑩イランの旅 アミール・チャフマーグのタキイエとマスジェデ・ジャーメ
⑪イランの旅 ヤズドからイスファハンへ
⑫イランの旅 ヴァーンク教会
⑬イランの旅 イスファハンの街歩き
⑭イランの旅 イマーム広場とマスジェデ・イマーム
⑮イランの旅 シェイフ・ロトゥフォッラー・モスクとアリカプ宮殿
⑯イランの旅 イスファハンの街歩き(その2)
⑰イランの旅 オアシス都市カーシャンと聖地ゴム、そして帰国




by tanpopo-jyo | 2018-05-13 00:19 | イラン | Comments(0)

イランの旅 ⑩アミール・チャフマーグのタキイエとマスジェデ・ジャーメ

2018年4月29日(日)

2017年に ヤズド歴史地区 として世界遺産に登録されたヤズドは、
イラン中部の沙漠地帯に紀元前から拓かれたオアシス都市。日干しレンガで作られた家々、
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バードギール と呼ばれる風取り塔など、
沙漠の厳しい気候風土に適応するために、自然の力を巧みに利用して建設されています。
バードギールは煙突のように各家に造られ、塔の上部に通気口を設けています。
ガナートと呼ばれる地下水路を通って周辺の山々から運ばれた水で、室内に冷気を取り込み
熱気を塔から外に出すというしくみ。
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モスクやバザールのある複合施設アミール・チャフマーグのタキイエもヤズドの見所の1つです。
15世紀に建てられたこの複合施設は、この写真だけ見るとモスクのようにも見えますが、
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三方から中央の広場を囲んでいる・・・
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ただの「壁」のような構造で、壁の向こうは小さな店や民家。
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イスラム暦の新年(今年は2018年9月11日)から数えて10日目には、
およそ1400年前に現在のイラクの町カルバラーで暴君と戦い、
非業の殉教を遂げた英雄イマーム・ホセインを追悼する行事 アシュラーが行われます。
アシュラーの時に演じられるホセインの殉教劇の観覧席がタキイエ。正面建物の右端にある・・・
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木枠のようなものは ナフルと言って山車のようなもの。
アーシュラーの日にはこの山車に布をかぶせ、200人程度で担ぐそうです。
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ヤズドの見所としてもうひとつ見逃せないのは 14~15世紀に建てられた マスジェデ・ジャーメ
高さのあるアーチ型の入り口には、2本のミナレットが立っており、
地上からの高さは52mで、ツインのミナレットとしてはイランで最高の高さを誇ります。
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正面入り口直下のムカルナスは独特の形。
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モスク内に入ると・・・
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メッカの方角を示す壁のくぼみ、メフラブ
メフラブの前が一段低くなっている所に指導者が立ちます。
これは「私が一番偉い」と自惚れないようにという意味があるそうです。
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メフラブの左上にあるトルコブルーのタイルには、
アリー、アッラー、モハメッドの名が書いてあるらしいのですが、モハメッドはどこ?
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今日はシラーズからヤズドまで400㎞も移動したので、ちょっと疲れ気味。
バザールを少しだけ歩いてホテルへ。
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夕食もホテルのレストランでサクッと済ませることにして、まずサラダ。
イランへ来てからナイフ・フォークがセットされていたことは一度もなく、
みなさんフォークとスプーンで上手に食べます。
スプーンをナイフ代わりに使って切り、スプーンの上にフォークを使ってのせて食べます。
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メインはホレシュテ・ゴルメ・サブズィ
羊肉、豆、野菜を煮込んだシチューで、ゴロンとしたのはドライライム。
ドライライムは潰して香りを出すだけで、そのものは食べないようです。これを・・・
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ちょっとずつごはんにのせていただきます。見た目は悪いですが、味は悪くありません。
ごはんを頼むと生のタマネギと香草(今日はコリアンダー)は必ず付いてきて、
ごはんの合間に手で食べます。生のタマネギ、結構クセになるかも^^
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ヤズドは1泊だから忙しい (^^; 明日はもうイスファハンに移動です。。。

イランの旅の目次は下記のとおりです
行ってきます(準備編)
①イランの旅 成田出発からテヘラン到着まで
②イランの旅 ゴレスタン宮殿 
③イランの旅 考古学博物館と絨毯博物館
④イランの旅 ナシル・アル・モスク(ローズモスク)
⑤イランの旅 ペルセポリスとナグシェ・ロスタム
⑥イランの旅 サーディ廟・ハーフェズ廟とエラム庭園
⑦イランの旅 シラーズ街歩き
⑧イランの旅 シラーズからヤズドへ
⑨イランの旅 沈黙の塔とゾロアスター寺院
⑩イランの旅 アミール・チャフマーグのタキイエとマスジェデ・ジャーメ
⑪イランの旅 ヤズドからイスファハンへ
⑫イランの旅 ヴァーンク教会
⑬イランの旅 イスファハンの街歩き
⑭イランの旅 イマーム広場とマスジェデ・イマーム
⑮イランの旅 シェイフ・ロトゥフォッラー・モスクとアリカプ宮殿
⑯イランの旅 イスファハンの街歩き(その2)
⑰イランの旅 オアシス都市カーシャンと聖地ゴム、そして帰国





by tanpopo-jyo | 2018-05-13 00:15 | イラン | Comments(0)

イランの旅 ⑪ヤズドからイスファハンへ

2018年4月30日(月)

8時半、ドライバーのミザイさんがホテルに到着。
27日(金) の夜、シラーズ空港に迎えに来て下さってから今日で4日目ですが、
夕方イスファハンに着いたらお別れです。
ハミッドさんは7日間のスルーガイドですがドライバーさんは3人体制なので。
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今日はヤズドのホテルを出発して、イスファハンへ向かいます。
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ヤズド → イスファハンは約320㎞。ず~っと沙漠の中ですが・・・
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1時間半ほど走った所に約400年前のキャラバンサライ(隊商宿)の跡がありました。
「Naien まであと5㎞」の標識が見えた辺りで料金所のようなものが見えたのですが
麻薬のチェックポイントでした114.png
Naien は、北(テヘラン) と西(イスファハン) の分岐点だからここでチェックするのですね。
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そろそろ休憩にしようか? と道路脇に車を停めて、
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ハミッドさん、スイカ カーット!!昨日2個買ったのは昨日と今日の分だったのね。
シーズンなので甘くて美味しいのですが4人で1個はチト多い。
ミザイさんのご好意ですからね、尚ちゃんがんばれ~ (と、オットに押しつけた ^^; )
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さらに走ってイスファハンの手前にあったサラマツでランチ休憩。
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今日は麦や豆の入ったスープと羊のケバブ。日本のものよりずっと果汁の多いユズを全部絞った上に、
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酸味のあるソマーグもケバブとごはんにかけていただきます。
どこのレストランでも塩・胡椒・ソマーグは3点セットでテーブルに置いてありました。
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イスファハンは、16世紀末にサファヴィー朝の為政者、アッバース1世によりイランの首都に
定められた街。イスラム教を国教としていたサファヴィー朝でしたが、絹を手に入れるための
キリスト教徒を歓迎していたため、イスファハンの繁栄は、遠くヨーロッパまで知られることとなり、
その繁栄ぶりに「イスファハンを見ることは世界の半分を見ることだ」といわれるほどだったとか。

まず訪れたのはマスジェデ・ジャーメ
「マスジェデ」はモスク、「ジャーメ」は金曜の意なので「金曜モスク」という意味。
バザールに面した入口のイーワン (アーチ状の空間) はガジャール朝期(1796~1925年) のもので
このモスクの中では最も新しい建造物とのこと。薄暗い通路を進むと・・・
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左側には天井を何本もの柱で支えている礼拝堂が広がっています。
ムザッファル朝期(1318~1393年)に建てられた部分で、そこを抜けると・・・
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4つの建造物が中庭を囲んでいる広々とした空間に出ます。
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創建は8世紀ですが、
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一度焼失したあとセルジュク朝時代(11~12世紀)に再建、
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その時に大掛かりな改造も行われて、中庭の4つの方向にテラスが設けられました。
南西(右) は主人のテラス、南東(左) は・・・
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弟子のテラス、
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北西は師匠のテラス (イーワンの左右に故ホメイニ師とハメネイ師の写真あり!)、
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北東は托鉢僧のテラスと、それぞれ名前がつけられています。お祈りをする前には・・・
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中庭の真ん中にある水場で、手足を洗い、口をすすいでから、
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メッカの方角に向かって礼拝。中には・・・
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メッカの方角に足を向けて寝ちゃっている人もいますけども105.png
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こちらは冬用の礼拝堂です。
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1980-88年のイラン・イラク戦争では、このモスクもミサイル攻撃を受けたため、
無事だった部分と、
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修復された部分が混在していました。
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マスジェデ・ジャーメ のあとは、モスクのある教会、ヴァーンク教会へ。
今日は途中でミザイさんが給油したので、ガソリンの値段を訊いたのですが
30,000リアル/ ℓ (約78円) でした。さすが産油国!
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イランの旅の目次は下記のとおりです
行ってきます(準備編)
①イランの旅 成田出発からテヘラン到着まで
②イランの旅 ゴレスタン宮殿 
③イランの旅 考古学博物館と絨毯博物館
④イランの旅 ナシル・アル・モスク(ローズモスク)
⑤イランの旅 ペルセポリスとナグシェ・ロスタム
⑥イランの旅 サーディ廟・ハーフェズ廟とエラム庭園
⑦イランの旅 シラーズ街歩き
⑧イランの旅 シラーズからヤズドへ
⑨イランの旅 沈黙の塔とゾロアスター寺院
⑩イランの旅 アミール・チャフマーグのタキイエとマスジェデ・ジャーメ
⑪イランの旅 ヤズドからイスファハンへ
⑫イランの旅 ヴァーンク教会
⑬イランの旅 イスファハンの街歩き
⑭イランの旅 イマーム広場とマスジェデ・イマーム
⑮イランの旅 シェイフ・ロトゥフォッラー・モスクとアリカプ宮殿
⑯イランの旅 イスファハンの街歩き(その2)
⑰イランの旅 オアシス都市カーシャンと聖地ゴム、そして帰国




by tanpopo-jyo | 2018-05-11 01:22 | イラン | Comments(0)

イランの旅 ⑭イマーム広場とマスジェデ・イマーム

2018年5月1日(火)

イスファハン2日目の今日も快晴です。
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2階にある朝食レストランは吹き抜けで、
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1階は夜のレストラン。
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旬のメロンとスイカ、なつめやし、シロップ漬けのチェリーを少々。
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ベーコン、マッシュルーム、オニオン入りのオムレツを焼いてもらって、
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あとは野菜も。ジャガイモの美味しいこと!
地域一番という五つ星ホテルでの朝食は二人で1,100,000リアル (約2,800円)
たっぷりの朝食をいただいたあとは・・・
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徒歩でイマーム広場へ向かいます。
両側が車道、中央分離帯の部分が歩道というつくりなのですが、ここでやっと!!
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イランに着いてからずっと狙っていたツートンカラーのカラスの写真を撮れました \(^o^)/
イラン北部、アゼルバイジャン寄りでは真っ黒のカラスもいるようですが、この辺りのカラスは2色。
カーカーと飛んで行ったのでカラスと認定(笑)
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オスターンダリー通りとのT字路のところには、
イマーム広場全体を設計したオスタード・アリー・アクバル Ostad Ali Akbal の像が
広場の方を向いて立っていました。
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ホテルから10分ほどでイマーム広場 に到着。
イスファハン観光のハイライトと言える広場で、イマームは、「シーア派の指導者」という意味だそうです。
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南北510m、東西163mの巨大な広場は、周囲を2層のアーケードに囲まれており、
四辺には南側に マスジェデ・イマーム (4本のミナレットがある建物)、
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東側に シェイフ・ロトゥフォッラー・モスク
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西側に アリカプ宮殿
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北側にバザールに続くゲイサリーイェ門 (左奥) があります。
広場は、元々はペルシャ起源のポロ競技場でしたが、イラン革命でアメリカに亡命した
パーレビ国王の時代に噴水や花壇を配した現在の姿になったそうです。
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一周1.5㎞ほどある広場では馬車が人気。
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今日はこれらの建造物を中心に見ていきます。
現存するイラン最古のモスク、マスジェデ・イマームは 1612年に着工、完成まで26年を費やしました。
ざっくりですが日光東照宮と同じ頃ですね。
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天井に施されている、スカイブルーを基調とした細かいタイル装飾に圧倒されつつ、
アーチ型の入り口を通って短い回廊を通り過ぎると・・・
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2層のアーチが連なった建造物に囲まれた広い中庭に出て、
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45度斜め奥に もうひとつのミナレットとイーワンが。
先ほどのみごとなイーワンは広場のための「装飾」で、メッカの方角を向いておらず、
この中庭に面したイーワンが正しくメッカを向いているのだそうです。
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下の写真で、広場に面した「装飾用イーワン」 と 「本来のイーワン」が45度ずれて
建っているのをおわかりいただけますか?
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このモスクのもう1つの見どころは、アーチ型の入り口を入った奥にある中央礼拝堂です。
高さが54mにも及ぶドームの・・・
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内装の美しさ!!
このドーム、外側は高さ54mでしたが、この内側は38m。つまり二重構造になっているのです。
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ドーム中心の真下に立ち、
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アザーン(礼拝への呼びかけ)を実演して下さったのですが、なんという美声♪
ドームの二重構造という音響効果で、その声はドーム内はもとより広場にまで響きわたり、
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モスリムではなくても、思わずひれ伏したくなる荘厳さでした。
この場所に立った「呼びかけ人」が「立つ」とか「礼拝」などの指示? をするので
集まった信徒は皆同じ動きができるというわけです。
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校外学習に来ていた子供たちも朗誦。いま一つ ヤル気のない子も見受けられますが^^
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中央礼拝堂の両脇には、夏用と冬用ふたつの神学校があります。
夏には、凹みの場所に机を置いて学び、
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冬は扉の奥で。
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次はアッバース1世の個人礼拝所として造られたシェイフ・ロトゥフォッラー・モスクへ続きます。。。

イランの旅の目次は下記のとおりです
行ってきます(準備編)
①イランの旅 成田出発からテヘラン到着まで
②イランの旅 ゴレスタン宮殿 
③イランの旅 考古学博物館と絨毯博物館
④イランの旅 ナシル・アル・モスク(ローズモスク)
⑤イランの旅 ペルセポリスとナグシェ・ロスタム
⑥イランの旅 サーディ廟・ハーフェズ廟とエラム庭園
⑦イランの旅 シラーズ街歩き
⑧イランの旅 シラーズからヤズドへ
⑨イランの旅 沈黙の塔とゾロアスター寺院
⑩イランの旅 アミール・チャフマーグのタキイエとマスジェデ・ジャーメ
⑪イランの旅 ヤズドからイスファハンへ
⑫イランの旅 ヴァーンク教会
⑬イランの旅 イスファハンの街歩き
⑭イランの旅 イマーム広場とマスジェデ・イマーム
⑮イランの旅 シェイフ・ロトゥフォッラー・モスクとアリカプ宮殿
⑯イランの旅 イスファハンの街歩き(その2)
⑰イランの旅 オアシス都市カーシャンと聖地ゴム、そして帰国


by tanpopo-jyo | 2018-05-11 01:19 | イラン | Comments(0)

イランの旅 ⑮シェイフ・ロトゥフォッラー・モスクとアリカプ宮殿

2018年5月1日(火)

イマーム広場東側にあるシェイフ・ロトゥフォッラー・モスク は、
アッバース1世の個人礼拝所として1601年に着工し、17年の歳月をかけて1618年に完成しました。
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建設の目的は、レバノンの著名な説教師シェイフ・ロトフォッラーを招聘するためだったとされています。
スンニ派のイスラム教徒が主流だった当時のイランで、国教をシーア派に定めたのが、
アッバース1世でした。しかし、イランにはシーア派の指導者がいなかったため、
シーア派教徒の多いレバノンからシェイフ・ロトフォッラーを招聘したのです。

このモスクの特徴は、黄色を主体とした彩釉タイルで飾られたドームで暖かな雰囲気。
入り口を背にして立ち、ドームの天井を見上げると・・・
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光の演出で、羽を広げた孔雀に見えますよね?
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この円の中に描かれているのは手を繫いだアダムとイヴ。
同じデザインを下まで繰り返すことにより、子孫繁栄を表現しているそうです。
偶像崇拝を禁じているイスラム教ならではのデザインだと思います。
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メッカの方角を示す壁の凹み、メフラブを撮っていたら、
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たまたま同じホテルに宿泊していたフランスの方とお会いしました。
さすがと言うべきかメフラブとお洋服がコーディネートされている!?
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イラン国民が世界一美しいと絶賛するシェイフ・ロトゥフォッラー・モスクには
冬用の礼拝室も完備。
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次はシェイフ・ロトゥフォッラー・モスクの真向かい、広場西側に建つアルカプ宮殿です。
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18本の柱があるこの宮殿は、外から見ると3階建てに見えますが、
1、2階はアッバース1世の時代に、3階バルコニー~6階はアッバース2世の時代に増築された
イラン最古の高層建築です。
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聖職者用のスペースとして使われたとされる1階には、音響のちょっとした「しかけ」が。
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ひとりが部屋の角に壁に向かって立ち、もうひとりはその対角に同じように立つと、
「普通の話し声で」会話ができるのです!不思議 (@_@)
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バルコニーの18本の柱はレバノン杉、元々は池もあったようですが現在は水は抜かれていました。
歴代の国王はこのバルコニーからポロを観戦したのだそうです。
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4階と5階は国王の謁見を待つ賓客の待機室、6階は音楽堂です。
私たちが立っている場所に鑑賞者席があり、
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一段高い場所が演奏者席。
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楽器の形をした装飾的な天井部分の穴は、余分な音を吸収するために設計されたもので、
壁の材質は漆喰だそうです。さて6階まで上がったからには下りなければならず・・・
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w(☆o◎)w
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このあとはバザールを歩いてみました。

イランの旅の目次は下記のとおりです
行ってきます(準備編)
①イランの旅 成田出発からテヘラン到着まで
②イランの旅 ゴレスタン宮殿 
③イランの旅 考古学博物館と絨毯博物館
④イランの旅 ナシル・アル・モスク(ローズモスク)
⑤イランの旅 ペルセポリスとナグシェ・ロスタム
⑥イランの旅 サーディ廟・ハーフェズ廟とエラム庭園
⑦イランの旅 シラーズ街歩き
⑧イランの旅 シラーズからヤズドへ
⑨イランの旅 沈黙の塔とゾロアスター寺院
⑩イランの旅 アミール・チャフマーグのタキイエとマスジェデ・ジャーメ
⑪イランの旅 ヤズドからイスファハンへ
⑫イランの旅 ヴァーンク教会
⑬イランの旅 イスファハンの街歩き
⑭イランの旅 イマーム広場とマスジェデ・イマーム
⑮イランの旅 シェイフ・ロトゥフォッラー・モスクとアリカプ宮殿
⑯イランの旅 イスファハンの街歩き(その2)
⑰イランの旅 オアシス都市カーシャンと聖地ゴム、そして帰国



by tanpopo-jyo | 2018-05-11 01:18 | イラン | Comments(0)

イランの旅 ⑯イスファハンの街歩き (その2)

2018年5月1日(火)

イマーム広場は、北側にあるゲイサリーエ門 が正門となっており、
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ここから先はゲイサリーエ・バザールと呼ばれる、イスラム風の市場があります。
スタバはないけど、セガフレードはありましたー!
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アーチ型のアーケードが続く屋内には、観光客向けの絨毯や手工芸品、
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イスファハンの郷土菓子などを販売する商店が軒を連ねています。このお店は・・・
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イスファハン銘菓のギャズを売っていました。
ソフトヌガーという感じですが、歯にくっつくようなことはなく、新食感。
イラン特産のピスタチオが入っていますが、ここのお店のギャズは40%ピスタチオ入り。
だいたい40%くらいで「高級」なんだそうです。思ったほど甘くはないのねと言ったら
砂糖は不使用でハチミツを使っているとのこと。卵白をタマリスクの樹液とバラ水で練って作るそうです。
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一画には職人街などもあり、作業風景を見学することも可。
こちらの女性が作っているのは銀、銅、真鍮などの素材にレリーフを施すガラムザニー。
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ハミッドさんが 「こっち こっち」と言うアヤシゲなバラック (失礼!)は・・・
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チャーイハーネ(イラン式カフェ) のアーザーデガーン。
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外もアヤシゲだったけれど中も個性的なお店です。
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いったいいくつのランプがあるんだか? ^^
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でも女性同士ランチをしたり、
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素敵なマダムがお茶をしているのを眺めているうちに落ち着いてくると居心地が良いのです110.png
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ポットで提供されるお茶には、
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グッシ・フィレというお菓子が添えられていました。「グッシ」は象、「フィレ」は耳。
くーーッ甘い!!ねっちょり甘い!しかし後を引く!ウェットティッシュ必!
このあと街歩きをしていて、お菓子屋さんの前を通った時にも「これ食べてって」とお店の方が
1皿くれたので、この日だけで2皿食べちゃいました^^(イランの方って すぐ何か下さいます)
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バザールを出たところで、たくさんの大鍋で何かをグツグツ
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7つの大鍋に入っているのは・・・
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色々な豆で、スープが煮上がったあと食べる直前には・・・
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麺も入れるらしい。
明日は、ニーメイエ・シャアバーン というイスラム教のお祭りで祝日。
第12代エマーム、MAHDI の誕生祭なんだそうです。
だから街にイルミネーションや花を飾っていたのかと納得。
このスープは前夜祭として夕方5時頃から人々に配られるもの。
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ここで「暦」のお勉強です^^ 今日は西暦2018年5月1日(火)ですが
イランの方々は、イラン暦(太陽暦) で日常生活を送っているので、今日は1397年2月11日(火)。
さらに!宗教的祝祭日はイスラム暦(太陰暦) を使うので、それだと今日は1439年8月14日(火)。
「火曜日」以外、全部違うじゃーん!!
ハミッドさんのお話では国際的なビジネスでは西暦を使うそうですが。
イランの方に西暦とイラン暦が併記されたカレンダーをいただいたので(イランの方って
ほんと色々なモノを下さいます。お菓子が多いですけど)、超便利101.png (そう?)

話をスープに戻しまして。
ひょっとして前夜祭でスープを配るというのはイスラム教の喜捨の精神?
スープ作りのお手伝いをすることも喜捨? 見ていると道行く人が次々かき混ぜているのですよ。
ではワタクシも^^ おおお!これは重いです!豆どんだけ入れたんだか?っていうほどでした。
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次に向かったのは町の中心を流れるザーヤンデ川に架かるスィー・オ・セ橋
アッバース1世の街づくりの際、イスファハンを南北に貫くチャハール・バーグ通りをつなぐ橋として
1602年に完成した橋で、長さ300m・・・
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幅14m。イラン革命(1979年) 以降は橋の保護のため車は進入禁止になりました。
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車両が通っていた頃は、人は橋の左右にあるこの通路を利用していたそうです。
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こんな立派な橋なのに、モンダイは「水が干上がっている」こと。
ハミッドさんの話では、3年くらい前からこの状態だということです。
雨不足と共に、流域の開発にも一因があるようです。
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300mの橋を渡る間に、何人の人から「一緒に写真撮って~」と言われたか忘れましたが
イランの方って本当に写真が好きみたいです。
何かいただいた時、お返しするものがないので代わりに、その方の写真を撮ると喜ばれました。
撮影後は画像を確認するわけでもなく、Thank You !と去って行くんですよね。ここがナゾ。
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この子は6歳。パタパタと駆けてきて Hello!とご挨拶してくれたのでパチリ。
あ~その長い睫毛、オバサンに下さい。。。
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水がないので橋の下も歩いてみましたが、立派な橋脚です。
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Welcome to Esfahan ! とか、
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Where are you from? とか、みなさんフレンドリー。
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今夜はどこで食べる? とハミッドさんが訊くので、中華は? と言ったらイスファハンにはないと。
イタリアンは? と言ったら、それならある!と連れて行かれたのがこちら。
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メニューを見たらピザと
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パスタしかありませんでしたけども105.png しかもこれがカルボナーラだと。。。ナゾ。
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食後に、ライトアップされたスィー・オ・セ橋まで歩いて。
「スィー・オ・セ」とは33。アーチが33あることからこの名がついたそうです。
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さて明日はイラン最終日。
オアシス都市カーシャンと聖地ゴムに寄ってテヘランへ戻ります。
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イランの旅の目次は下記のとおりです
行ってきます(準備編)
①イランの旅 成田出発からテヘラン到着まで
②イランの旅 ゴレスタン宮殿 
③イランの旅 考古学博物館と絨毯博物館
④イランの旅 ナシル・アル・モスク(ローズモスク)
⑤イランの旅 ペルセポリスとナグシェ・ロスタム
⑥イランの旅 サーディ廟・ハーフェズ廟とエラム庭園
⑦イランの旅 シラーズ街歩き
⑧イランの旅 シラーズからヤズドへ
⑨イランの旅 沈黙の塔とゾロアスター寺院
⑩イランの旅 アミール・チャフマーグのタキイエとマスジェデ・ジャーメ
⑪イランの旅 ヤズドからイスファハンへ
⑫イランの旅 ヴァーンク教会
⑬イランの旅 イスファハンの街歩き
⑭イランの旅 イマーム広場とマスジェデ・イマーム
⑮イランの旅 シェイフ・ロトゥフォッラー・モスクとアリカプ宮殿
⑯イランの旅 イスファハンの街歩き(その2)
⑰イランの旅 オアシス都市カーシャンと聖地ゴム、そして帰国




by tanpopo-jyo | 2018-05-11 01:17 | イラン | Comments(0)

イランの旅 ⑰オアシス都市カーシャンと聖地ゴム、そして帰国

2018年5月2日(水)

今日はイランの旅 最終日。
イスファハンからオアシス都市カーシャン、聖地ゴムを経由してテヘランに戻ります。
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イスファハンからカーシャンまでは 200㎞余り。9時半にホテルを出発しました。
今日はニーメイエ・シャアバーン というイスラム教のお祭りで祝日、明日明後日は木・金のため
3連休の方が多いと聞いて渋滞を心配しましたが順調な滑り出しです。
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が、カーシャンが近づくと車の数が増えてきました。
ちょうど写真にプジョーが写っていたので、ここで車の話を。
1週間前、私たちがイランに到着した日とその翌日、テヘランでチャーターした車もプジョーでしたし
何故こんなにプジョーが多いの? とハミッドさんに訊いたところ、
プジョーはイランのホドロ社との間で、折半出資の合弁新会社を設立、
5年間で、最大4億ユーロの投資を行うと2年くらい前に決まったのだそうです。
去年はルノーもイランと合弁会社を設立、イランって自動車生産国だったのね!
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カーシャンに入ったところで、交通整理の人に車を停められ、ここからは公共のバスで行けと!
3連休の影響で町が混んでいる様子です。ハミッドさん、車を下りて交渉中。
「日本からの観光客を乗せているんだ!!」(ジャポネと聞こえたのでたぶんそんなことを言った? )
粘り勝ち166.png
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カーシャンは紀元前7000年頃から存在した古い街で、12~14世紀にはタイル生産の中心地として
知られていたそうです。カーシャンとは「美しいタイル」という意味とのこと。
お目当てのフィン庭園 (世界遺産) 前はすごい人!
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フィン庭園は、サファヴィー朝(1501~1736年)の第5代皇帝アッバース1世(在位1588~1629年)
の命によって建設され、その後何度か拡張工事が行われて、現在のような姿となりました。
庭園に入ると、正面中央に離宮があり、離宮へ続く水路の両脇には糸杉の並木が立っています。
この離宮を中心に水路が4方向に延びており、典型的なペルシャ式庭園となっていますが・・・
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とにかくすごい人!
おまけにあちこちから 「一緒に写真撮って~」と言われるので、
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こんな写真や、
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こんな写真を撮ったのですが、はたしてこれが何だったのか? は記憶にありません105.png
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またフィン庭園は、カジャール朝(1796~1925年)時代の宰相アミーレ・キャビールが暗殺された場所。
キャビールは王権の強化に貢献、さらに軍事力の部族依存から脱し、近代化・西欧化をはかる
などしましたが、既得権益を持つ宮廷関係者や高位聖職者は改革に反発、
宰相の任を解いてカーシャンに流したあと、王命によりフィン庭園浴室で暗殺されました。
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どうやら手首を切られた?
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庭園を出たところにはお土産屋さんが連なっています。
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カーシャン土産といえばバラ水。
カーシャーン近郊では、毎年4月下旬頃からバラの花を摘み取って煎じ、蒸留水を取り出すという
作業が行われますが、特にバルゾク村のバラ畑は、広さ400ヘクタールと
全体の生産量の70%を占めているとのことです。
バラ水を作るのに使われるのは、ゴレモハンマディーと呼ばれる、ピンク色の小さなバラ。
大量生産されたバラ水と、伝統的な方式で作られるバラ水は品質・値段共に同じはずもなく・・・
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この釜にバラの花を30㎏と、湧き水を50ℓ入れて点火。
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所要4時間ほどで約80ℓ のバラ水が取れるそうです。
この時、蒸留水の表面に浮いているのがバラに含まれている脂分、ローズオイル。
蒸留水を取り出した後、もう1度水を加えて、さらに80ℓ の蒸留水を作ります。
つまり「一番出汁」「二番出汁」ね127.png 当然、香りも値段も違います。
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ランチを済ませて14時半、カーシャンを出発、ゴムへ向かいました。
カーシャン~ゴムは約110㎞なので 1時間余りで到着。ゴムは、シーア派学問の中心地ですし、
今日はニーメイエ・シャアバーン というイスラム教の祝祭日なので
巡礼者の車で町は大変なことになっています。
町を循環するモノレールが完成したらずいぶん便利になるでしょうね。
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ようやくマアスーメ廟 の前に着くと、各国の旗を持った巡礼団があちこちに。
こちらはアゼルバイジャンの皆さま。
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異教徒は、モスクガイドの同行を条件に入場が許可されるそうで、
私たちのガイドをして下さったのはハディさん。
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ハディさんはバドミントンの国際審判の資格を持つ方で、今日はガイドのボランティア中。
2020年東京オリンピックにもいらっしゃるそうです。
「ではまた東京でお会いしましょう」と申し上げたら「インシャアッラー」^^
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ブルーシートの中は女性専用のボディチェックスペース。
ボディチェックのあと、備えつけのチャドルを着付けてもらったので、外に出ようとしたら
ウェットティシュを渡されて「口紅を落として」と。本当はメイクしてはいけないのね?
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マアスーメ廟は、第8代イマーム・レザーの妹ファティマの墓所で、
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ハズラテ・マアスーメの聖域と呼ばれる広場の中にあります。
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黄金に輝くドームが、8代目イマーム・レザーの妹ファティマの聖廟で、
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ドームとイーワンに使われた24金は、合計270㎏!!!
一切、国の援助は受けておらず全て寄付でまかなったとおっしゃっていました。
寄付といえば、イランはどの町でも募金箱が数十mおきくらいに設置されていました。
最初、小さめの郵便ポストか? と思ったくらいの大きさです。
で、道行く人がごく自然にその中へ喜捨する姿を何度も見て、すごいなーと。
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金ピカ イーワンの下、通常閉じられている聖廟入り口も、今日は特別にご開帳。
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さて続々と集まって来たこの方々は・・・
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20時からの礼拝を共にする人たち。まだ16時15分なんですけど!?
お祈りの時間は1日3回なので、おそらくこういう光景が3回繰り返されたのでしょう。
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17時にゴムを出発、テヘランまでは130㎞余りなので1時間ちょっとで到着。
23:40 テヘラン発 QR499便 に搭乗。
カタール航空だったので機内に入ってすぐスカーフをはずし、あ~スッキリ!!

2018年5月3日(木) 00:15 ドーハ着 (所要2時間5分)、
02:20 ドーハ発QR806便に搭乗、所要10時間20分で、18:40 成田着。
ターンテーブルで荷物を受け取り、税関へ行くと申告書を見た係官が、
「イランからお帰りで?」「観光ですか?」「ツアーではなく、お二人で?」と。
成田空港勤務の方でもイラン帰りはそんなに珍しいのでしょうか?
「イラン=怖い国」は、風評被害だと思うんですけど!
思い込みや偏見をなくすのって難しいですね。

帰宅して、スーツケースを片づけ、洗濯機を回し、時計を見たら22時ちょっと前。
「なんかおなか空いちゃったねー」と西麻布の 叙々苑 游玄亭へ食べに出かけた私たちは元気!

最後までお読みいただき有り難うございました。

イランの旅の目次は下記のとおりです
行ってきます(準備編)
①イランの旅 成田出発からテヘラン到着まで
②イランの旅 ゴレスタン宮殿 
③イランの旅 考古学博物館と絨毯博物館
④イランの旅 ナシル・アル・モスク(ローズモスク)
⑤イランの旅 ペルセポリスとナグシェ・ロスタム
⑥イランの旅 サーディ廟・ハーフェズ廟とエラム庭園
⑦イランの旅 シラーズ街歩き
⑧イランの旅 シラーズからヤズドへ
⑨イランの旅 沈黙の塔とゾロアスター寺院
⑩イランの旅 アミール・チャフマーグのタキイエとマスジェデ・ジャーメ
⑪イランの旅 ヤズドからイスファハンへ
⑫イランの旅 ヴァーンク教会
⑬イランの旅 イスファハンの街歩き
⑭イランの旅 イマーム広場とマスジェデ・イマーム
⑮イランの旅 シェイフ・ロトゥフォッラー・モスクとアリカプ宮殿
⑯イランの旅 イスファハンの街歩き(その2)
⑰イランの旅 オアシス都市カーシャンと聖地ゴム、そして帰国


by tanpopo-jyo | 2018-05-11 01:15 | イラン | Comments(0)