大好きな花散歩から世界最古、アプリコット色のナミブ砂漠まで。好奇心を原動力にあちこち出かけます


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マチュピチュ遺跡観光 (前編)

2019年4月17日(水)

一夜明けたマチュピチュ村の朝です。
昨夜は真っ暗でホーム直結のホテルにチェックインしたことだけはわかりましたが、
あらためて確認すると 「マッサージ」 の看板うしろの白い建物・・・
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ココ (黄色の矢印) でした。「直結」 でしょ? ダウンを着ている方もいましたが、
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この日の最低気温は17℃。ダウンは要らないかも?
マチュピチュに四季はなく、11〜4月が雨季、5〜10月が乾季。
気温は、年間を通してほとんど変わらず10℃ ~30℃前後。一日の中で 「四季」 がある感じです。
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マチュピチュ遺跡へは、駅のホームから徒歩数分のバス停からバスに乗って
日光のイロハ坂以上のクネクネ道を30分ほど行くか、2 ~ 3時間歩くかの二択です。
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バス待ちの行列が 200~300mできていましたが、バスは 頻繁に来るのでそれほど待ちません。
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「独占企業」 なので バス料金は 片道 $12 と強気!^^
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私が泊まりたかったサンクチュアリロッジ前が バスの終点で、
写真右端の緑の屋根が、遺跡の入り口となっています。
つまりバスに乗らずに遺跡に入場できる唯一のホテルがサンクチュアリロッジ。
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入り口でパスポートチェックを受け、森の中へ。
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急な上りを過ぎると 貯蔵庫 だったとされる茅葺きの建物が現れ、
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順路に沿って、
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さらに森の中をゼイゼイしながら上がって行くと・・・
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いきなり視界が開けて 「この景色」 が目に飛び込んできます。
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こちらは500年ほど前の マチュピチュ想像図。
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一段高い所に見えるのは 見張り小屋
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「見張り小屋」 からの マチュピチュ全容です。
正面にそびえるのは ワイナピチュ山 (標高2690m) で、ワイナピチュ山と相対しているのが・・・
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マチュピチュ山 (標高3061m)。
つまり、マチュピチュ遺跡は、ワイナピチュ山 と マチュピチュ山 を結ぶ尾根にあるのです。
マチュピチュ山 の手前に建つのが 先ほどの 「見張り小屋」。
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「見張り小屋」 のかたわらにあるこの花崗岩は、 葬儀の石 と呼ばれていますが
実際には、山々の神に捧げものをした儀式の石だったようです。
石の左端にはリャマをつないだとされるフックも。
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はるか下には、クスコからの鉄道に沿って流れているウルバンバ川。
川の流域はジャングルなので、麓からマチュピチュ遺跡の姿を確認することはできず、
存在がわからないのが「空中都市」と呼ばれる所以です。この急斜面を利用した・・・
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段々畑 は、東向きに造られており、ジャガイモやトウモロコシ、コカなどを栽培。
収穫量からマチュピチュ遺跡には300 ~ 700人の人が暮らしていたと言われています。
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市街地への入り口 は 高さ2m20㎝、上のでっぱりは真ん中に穴が開いており、
そこにヒモを通して木をぶら下げ 、扉にしていた言われています。入り口をくぐって・・・
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すぐ右手にはカリャンカ と呼ばれる訪問者の休憩所 (写真)、
その下には 作業小屋 が並んでいます。階段を下りると・・・
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人骨が見つかった 墓地跡 。その下のテラスからは・・・
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太陽の神殿 を見下ろすことができます。
カーブを描いた石組みはマチュピチュ遺跡の中で唯一ココだけ。
東の窓からは冬至の朝、南の窓からは夏至の朝に、太陽がまっすぐ差し込み、
中央の巨石 聖なる石 を照らし出すのだそうです。 太陽の神殿の真下は・・・
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洞窟を利用した 陵墓。 (上部、窓のある石組み部分が太陽の神殿)
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陵墓から 見張り小屋とマチュピチュ山を見上げて。
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居住区を見下ろす神聖なエリアには、
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ビラコチャ神のために建てられた 主神殿。中央の大岩は捧げ物を置く場所だそう。
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主神殿前の 真南を指す石 は、南十字星を写し出したと言われる石。
他のグループのガイド氏がスマホの磁石を使って説明していたのを横からパチリ。
遺跡内はガイドの同行が義務づけられているのですが、私たちがあたったガイドはスキあらば
順路を無視、ショートカットをして先へ進もうとするダメダメ君 108.png
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東向きに3つの窓がある 3つの窓の神殿
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ワイナピチュ山の形を掘り出した石の近く、マチュピチュ遺跡の一番高い場所には・・・
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日時計。真ん中に突き出した角柱の角は東西南北を向き
太陽暦を使っていたインカの人々は、冬至と夏至、その間の4つの季節を読み解いていたそうです。
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日時計の場所から見下ろせる段々畑は、品種改良などが行われたとされる 農業試験場
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巨石を加工して山をかたどった聖なる石は、遺跡内にいくつかあり、
こちらはヤナンティン山の形を掘り出した石。
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ワイナピチュ山 への登山口横には・・・
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儀式を行う前やワイナピチュへ登る前の準備室として使われたという ワイラナ
現在の建物は当時の様子を再現したもので、観光客の休憩所になっています。
余談ですが、オットはこのワイナピチュ登山をしたかったもよう。
が、幸いにも (笑) 一日の入山制限が400人のため数カ月先まで予約不可でした
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イグアスの滝 とマチュピチュの旅 の目次は下記のとおりです
行って来ます!
イグアスの滝は遠かった
イグアスの滝 (アルゼンチン側) 前編
イグアスの滝 (アルゼンチン側) 後編
イグアスの滝 (ブラジル側) 前編
イグアスの滝 (ブラジル側) 後編
ナスカの地上絵
クスコ市内観光
クスコからマチュピチュへ
マチュピチュ遺跡観光 (前編)
マチュピチュ遺跡観光 (後編) そしてクスコへ
クスコからリマへ そして帰国



by tanpopo-jyo | 2019-04-29 00:55 | ペルー | Comments(0)

マチュピチュ遺跡観光 (後編) そして クスコへ

2019年4月17日(水)

マチュピチュ遺跡の観光も終盤、居住区を中心としたエリアに入ります。
斜面を利用して建てられた 2階建ての家 は、1階・2階 どちらにも入り口。
壁面の 出っ張りは、イチュというイネ科の植物で屋根を葺くためのものだそうです。
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近くには 一枚岩の階段 や、
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水を張って夜空の観測をしたとされる 天体観測の石 など。
インカの人の考え方は 「太陽と月」 「昼と夜」 「マチュピチュ山とワイナピチュ山」 というように
全てが対になっているんですって。だから天体観測の石もペアで。
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天体観測の石 の辺りから見張り小屋を見上げて。
遺跡の中は、高低差のある場所をかなり歩くっておわかりいただけますか?
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最後は コンドルが羽根を広げた姿をイメージさせる・・・
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コンドルの神殿。 手前にある白い石は
東を向いたコンドルのくちばしと頭で、生贄のリャマを捧げた儀式の石だそうです。
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あ!コンドルの羽根のところからウサギが顔を出しましたよ
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遺跡内にはイグアスの滝でたくさん見たハナグマや、
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リャマも。鼻息荒く食事中で 近づこうが触ろうが我関せず!
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スペイン軍が到着した1530年頃に全盛期を迎えていたインカ帝国。
1532年、フランシスコ・ピサロ率いるスペイン人征服者によって、第13代 アタワルパ王が捕らえられ
インカ帝国は崩壊。スペイン軍はインカの都市をことごとく破壊しましたが、
標高2400mに造られたマチュピチュは 難を逃れ、滅亡から400年近くを経た 1911年、
ハイラム・ビンガムによって発見されるまでその存在を忘れられていました。
しかし何故、インカの人々はマチュピチュを放棄したのでしょうね?
黄色の矢印は古代インカ道です。
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雨期で、しかも山の天気は変わりやすいというのに 快晴に恵まれたマチュピチュ観光。
コンドルも飛んでるし~(笑) あ、そうそう。今年1月から 最大滞在時間4時間 が強化されて、
トイレなどで途中退場すると 再入場不可 となったようです。入場料は@152ソル (約5千円)。
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ランチは、サンクチュアリロッジ 1階の・・・
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こちらで。
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開店と同時に入ったので一番乗りでしたが、
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あっという間に満席。予約しておいて良かったみたい \(^o^)/
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ビュッフェスタイルのランチは @ $40 (または 134ソル)
クスコで見かけたケンタッキー のセット料金が6ソル以下 (約200円) だったので
ペルーの方にとってはかなり高額なランチですね。
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サラダバーの氷が インカの石組み に見えるんですけど? 105.png
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デザートまで美味しくいただいたあとは、再びバスに乗って・・・
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麓のマチュピチュ村へ戻り、パチャクティ皇帝の像があるアルマス広場などを散策。
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1時間もあれば歩いて廻れる小さな村です。
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16時43分 マチュピチュ発のビスタドーム号に乗車、
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お向かいの席は おばあちゃまとお孫ちゃん。
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軽食サービスのあとは・・・
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「ウクク」というマスクを付けて踊るアンデスの踊りや、
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さっき軽食を配っていた乗務員さんによるアルパカ製品のファッションショー♪
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手拍子に合わせて通路を行き来する美しい乗務員さん。ショーが終わったあと・・・
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乗客がトイレに立つと手拍子で送り出してくれるノリの良い乗客一同なのでした119.png
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最後はアルパカ製品の車内販売。ベビーアルパカは大変手触りよく高品質でしたが
お値段もそれなり。でもコートなどをお買い上げの方 何人かいらっしゃいましたよ^^
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18時31分、オリャンタイタンボ駅着。山の中の駅で出迎えのドライバーさんに会えなかったら
どうしようと思っていましたが ちゃんと待っていてくれました!
クスコまで1時間半、20時半前にはホテルにチェックイン。明日は帰国です。。。
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イグアスの滝 とマチュピチュの旅 の目次は下記のとおりです
行って来ます!
イグアスの滝は遠かった
イグアスの滝 (アルゼンチン側) 前編
イグアスの滝 (アルゼンチン側) 後編
イグアスの滝 (ブラジル側) 前編
イグアスの滝 (ブラジル側) 後編
ナスカの地上絵
クスコ市内観光
クスコからマチュピチュへ
マチュピチュ遺跡観光 (前編)
マチュピチュ遺跡観光 (後編) そしてクスコへ
クスコからリマへ そして帰国

by tanpopo-jyo | 2019-04-29 00:46 | ペルー | Comments(0)

行って来ます!

2019年4月11日(木)


今日から南米へ参ります。
オットが 「イグアスの滝とマチュピチュへ行こう」 と言ったのは約1ケ月前のこと。
慌ただしいと思いましたが、まもなく定年のオットが 「卒業旅行」 だと言うので、黙って従うことに。

当初はN.Y.経由でイグアスに入るつもりでしたが、便が取れずに断念。
結局、L.A.経由で リマ (ペルー) に入って一泊し、翌日イグアスに向かうことになりました。
成田 ~ L.A. は9時間50分、LA ~ リマは8時間40分なので、
乗り継ぎを含め成田からリマの所要時間は約21時間。翌日のリマ ~ イグアスは4時間弱ですから、
途中宿泊なしで行けるケープタウンの方が 「近い」 ですね(笑)。
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私が小学生の頃にナイアガラの滝へ行った父から絵はがきが届いてその大きさに驚き、
「大人になったら絶対行こう」 と思ったものですが20代の頃に母との旅行で実現。
7年ほど前にはジンバブエとザンビア国境にあるヴィクトリアの滝を見て
ナイアガラの2倍以上の落差と1700mという滝幅に度肝を抜かれ、世界三大瀑布の残りのひとつ、
イグアスの滝へもいつか行きたいと思っていたので今回は良い機会かもしれません。

イグアスの滝はアルゼンチンとブラジル国境にある世界最大の滝で、
最大落差は「悪魔の喉笛」の82m、滝幅は4,000mだそうです。
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ヴィクトリアの滝ではヘリコプターに乗らず後悔したので、今回はヘリにも乗る予定。
アマゾンの入り口も空から見たいですしね。 (写真はNational Geographic HPよりお借りしました)
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トリップアドバイザーを見ていて滝壺に突っ込むこんなツアーを見つけましたが、
オットが 乗るなんて言いませんように。
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もうひとつの旅のハイライトはマチュピチュ。 (写真はNational Geographic HPより)
ここも昔から行きたい場所のひとつで、「行く時はサンクチュアリロッジに泊まる」 と決めていたのに
旅行が決まったのが1ケ月前ではどうにもなりません 145.png
一泊 $2,000 前後ながら超人気で半年前でも予約困難と言われているのです。
せめてアフタヌーンティか食事ができれば嬉しいのですが。
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食事といえば・・・ペルーってネズミを食べるんですってね 144.png
高級品なのでお祝いごとのある時に食べることが多いようなのですが。
丸ごと全部、「尾頭付き」 でお皿にドンとのった写真を見てしまいました。。。
齧歯類 だけに前歯が立派でした 122.png
勇気のある方は 「ペルー料理、ネズミ」 で検索してみて下さい。

帰国は4月20日(土)なので、旅のブログは4月末をメドにアップいたします。
その頃にまたご訪問いただければ幸いです。
では行ってきます !!

イグアスの滝 とマチュピチュの旅 の目次は下記のとおりです
行って来ます!
イグアスの滝は遠かった
イグアスの滝 (アルゼンチン側) 前編
イグアスの滝 (アルゼンチン側) 後編
イグアスの滝 (ブラジル側) 前編
イグアスの滝 (ブラジル側) 後編
ナスカの地上絵
クスコ市内観光
クスコからマチュピチュへ
マチュピチュ遺跡観光 (前編)
マチュピチュ遺跡観光 (後編) そしてクスコへ
クスコからリマへ そして帰国



by tanpopo-jyo | 2019-04-20 15:00 | ブラジル | Comments(0)

イランの旅 ⑤ペルセポリスとナグシェ・ロスタム

2018年4月28日(土)

バラのモスクの次はシラーズの街から北に50~60㎞にあるペルセポリス へ。
道中、小麦畑や菜の花畑を左右に見ながら1時間弱で到着しました。
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アケメネス朝ペルシャ帝国時代の紀元前512年頃、ダレイオス1世によって建築が進められ、
その子クセルクセス1世によって完成した約450mx300mの基盤の上に築かれた神殿跡です。
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ペルセポリスはギリシア語で、「ペルシャの都市」という意味で、
ヨルダンのぺトラ遺跡、シリアのパルミア遺跡(2015年 ISにより破壊された) と共に
中東の3Pと呼ばれ、イラン必見の観光地。世界史の教科書にも出てきましたよね!
遺跡は丘の上に造られているので・・・
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111段の階段を上ります。
階段の高さが10㎝ なのは、王さまが馬に乗ったまま上がれるように、
さらには重い甲冑に身をかためた兵士たちが楽に上がれるようにという配慮だそうです。
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階段横には石垣が積まれていますが、ただ積みあげただけではなく・・・
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一番上の凹んだ所から溶けた鉄を流し込み、クサビの代わりにしていたそうです。
縄文~弥生時代頃に!?
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階段を上りきるとすぐ目の前にペルセポリス宮殿の正門、クセルクセス門がありますが、
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翼を持った牡牛の体に人間の頭がついた有翼人頭像は、
偶像崇拝を禁止するイスラム教徒によって顔が破壊されてしまっています。
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クセルクセス門を通り抜けると儀仗兵の通路が伸び、左手には獅子の体に、馬の耳を持つ
双頭の鷲、「ホマ」。伝説の鳥、ホマはイランでは幸福を意味するそうです。
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紀元前331年、ペルセポリスを陥落したマケドニアのアレキサンダー大王は、
その財宝を運び出すために、1万頭のロバと5千頭のラクダを使ったそうですが、
徹底的に壊しちゃいましたねー。ペルシア戦争の仕返し?
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デザインは少しずつ異なりますが、ペルセポリスにはライオンが一角獣を襲っているレリーフが
数多くあります。夏を表すライオン(獅子座)が、冬の牡牛座に噛みついているところから
冬から 夏へと季節の移り変わりを意味するという説と、
ライオン(大王)が 敵 (牡牛) を倒す姿 とする説があるようです。
紀元前にはこの辺りにもライオンがいたのね!
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百柱の間の入口を飾っているレリーフ。
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レリーフがある壁の向こうは中央宮殿。
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レリーフが彫られた壁に囲まれた東階段を上ったところにあるのが・・・
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一段高い基壇にあるアバターナ (謁見の間)。
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東階段は、現在 壁の保護のため大屋根に覆われています。
南向きのレリーフには諸国使節団として23の民族と、彼らが持参した貢物が克明に彫られ、
西はエジプトから東はインドまで広範囲に及んでいた大王の権力を示しています。
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たとえば、地中海岸のイオニアからはトウモロコシや布を、
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パルティア人(イラン高原東北部に興った王国)やイスラエル人はラクダ、ガンダーラ人は牛、
ゾグド人(中央アジアのタジキスタンとウズベキスタン辺り) は羊を持って行進しています。
ラクダの上にある模様はロータス。
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ダレイオス1世の宮殿、タチャラ は冬の宮殿という意味で、
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建材に磨きぬかれた黒大理石を使っているため 「鏡の間」 とも呼ばれているそうです。
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この日は地元の女子高生が多数、社会科見学? に訪れていて、彼女たちから「中国人?」と訊かれ
「日本人」と答えたら キャーキャー騒ぎながら「中国人じゃないって!日本人だって!!」と叫び
(チーニーとかジャポネとか言っていたのでたぶんそんな感じかと?^^)
そのあとは収拾不能のモミクチャ状態に153.pngグループごとに写真を撮り、
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「これ食べて」「これも食べて」と次々差し出される彼女たちのおやつを全部食べ、
最後は 「じゅんちゃん バイバーイ」(途中でニックネームを訊かれた) と 車に乗り込んだ私たちを
全員で見送ってくれました。あーおどろいた!!
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ナグシェ・ロスタムへ向かう車中で、ハミッドさんに「何故 イランの人は日本人が好きなの?」と訊くと
「Sony や Panasonic の製品が素晴らしかったことをイラン人は忘れていない。
革命のあと日本はアメリカの言うことをきいてイランに来なくなっちゃったけどねー。
代わりに中国が来たけど中国製品はすぐ壊れるからイラン人は信用していない」という話でした。
あと「おしん」も人気で、10数回再放送があり、みんなで泣いて、最高視聴率は90%超え、
理想の女性に選ばれたこともあるのだそうです。
イスラムの国でファティマを差し置いちゃマズイしょ(笑)

さてそんな話をしているうちに、ペルセポリスから15分足らずでナグシェ・ロスタム に到着。
ここには、ダレイオス1世などアケメネス朝(紀元前550~紀元前330)の王墓が4つ並んでいます。
埋葬されているのはダレイオス1世と、子、孫、曾孫の4代で、
写真右の墓がダレイオス1世という以外、あとの3人の墓については諸説があって順番は不明。
白丸をつけたのは・・・
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馬上のシャプール1世の前に、捕虜となったローマ皇帝ヴァレリアヌスが跪く姿を描いた
「騎馬戦勝図」と名づけられた3世紀のレリーフ。これも世界史の授業で習ったような?
跪くヴァレリアヌス帝(在位:253~260)の右に立っているのもローマ皇帝で、
シャプールの要求をすべて飲んで北部メソポタミアを全面放棄したフィリップス・アラブス。
ペルシア王に降伏する二人のローマ皇帝。イランの人には絶好のフォトスポット166.png
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ランチは近くのレストラン パルシアンで、
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ホレシュテ・バーデムジャーン(茄子の煮込み)
ここシラーズのあるファールス州は茄子の一大産地らしいので。
見かけは悪いですが日本人の口にも合って美味しいです。
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オットはノンアルコールビールも。
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このお店のナンがすごくて(色が悪いのは照明のせいですが)、プチプチ(エアパッキン)みたい122.png
どうして? とハミッドさんに訊いたら機械で大量生産したものらしいです。美味しくない!
ランチをしている間に外は豪雨 おまけに雷も!えー午後は雨ですか。。。
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イランの旅の目次は下記のとおりです
行ってきます(準備編)
①イランの旅 成田出発からテヘラン到着まで
②イランの旅 ゴレスタン宮殿 
③イランの旅 考古学博物館と絨毯博物館
④イランの旅 ナシル・アル・モスク(ローズモスク)
⑤イランの旅 ペルセポリスとナグシェ・ロスタム
⑥イランの旅 サーディ廟・ハーフェズ廟とエラム庭園
⑦イランの旅 シラーズ街歩き
⑧イランの旅 シラーズからヤズドへ
⑨イランの旅 沈黙の塔とゾロアスター寺院
⑩イランの旅 アミール・チャフマーグのタキイエとマスジェデ・ジャーメ
⑪イランの旅 ヤズドからイスファハンへ
⑫イランの旅 ヴァーンク教会
⑬イランの旅 イスファハンの街歩き
⑭イランの旅 イマーム広場とマスジェデ・イマーム
⑮イランの旅 シェイフ・ロトゥフォッラー・モスクとアリカプ宮殿
⑯イランの旅 イスファハンの街歩き(その2)
⑰イランの旅 オアシス都市カーシャンと聖地ゴム、そして帰国


by tanpopo-jyo | 2018-05-16 18:11 | イラン | Comments(0)

出発~デリー市内観光

2015年9月18日(金)

今年のシルバーウィークは土曜日を含めると5連休と並びが良く
そのせいか成田空港は大混雑。
チェックインカウンターはビジネスクラスでも20~30人の行列でした。
手荷物検査は横から入れてもらえるものの出国審査室は各カウンターの列の
最後尾がどこなのかさえわからないほど。
何とか全て終えて全日空のラウンジに落ち着いたのは離陸1時間半前。
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成田発18:40 NH827便に搭乗したものの離発着の混雑で、滑走路で40分待ち。
夕食後は北野武監督のコメディ「龍三と7人の子分たち」と
「ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声」
「METライブビューイング チャイコフスキー "エフゲニー・オネーギン" 」 の3本を
見たらインディラ・ガンディ 国際空港に着いちゃいました^^ 所要9時間。
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2015年9月19日(土)
午前1時前、到着ロビーでガイドのカーンさん、ドライバーのシンさんと会えてホッ。
雨が降るなかタージパレスホテルにチェックインしたのは午前2時。
日本時間午前5時半なので眠い!

8時過ぎ、朝食を食べに行く頃になって昨夜来の雨があがったので外観を1枚。
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チェックインの時に眉間にポチッと赤いシルシを付けてくれたロビーはこちら。
朦朧としていたので記憶なしですが。
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9時にガイドのカーンさんが迎えに来てくれてホテルを出発。
今回の旅行はゴールデン・トライアングルと呼ばれる北インドの3都市デリー、
ジャイプール、アグラで、世界文化遺産5つを見学するのが目的です。
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インドの首都デリー は、イギリスの設計・建設による新都市部分ニューデリーと
古くからある町 オールドデリーに分けられ、2011年の都市圏人口は2,163万人。
大統領官邸からまっすぐ3㎞先にあるのが・・・
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高さ42mのインド門。第一次世界大戦で戦死したインド人兵士の慰霊碑で
戦没者1万3500名の名前が刻まれているそうです。
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世界遺産 レッド・フォートは、
タージ・マハルを築いたムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、
アグラから遷都して居城としてつくったもの。
1639年から9年の歳月をかけて完成、赤砂岩を積み上げて造った要塞のため、
別名「ラール(赤い)キラー(城)」と呼ばれています。逆光ですが・・・。
豪華な宮殿だったようですが、1857年「インド大反乱」(セポイの反乱)での略奪や
イギリス軍が駐屯地として兵舎を建設したため、城内は大きく作り変えられました。
というわけで中へは入らず。
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ラージ・ガートは1948年に暗殺されたマハトマ・ガンディーが荼毘に付された場所
ですが、敷地が広大で周囲は公園のため入り口からは結構歩きます。
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慰霊碑前まで行くにはハダシにならなければいけないので上から眺めることに
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黒大理石の慰霊碑の所が火葬のなされた場所。
遺灰はインド各地の河に流されたため、ここには残っていないそうです。
上から眺めただけではインドに敬意を表したことになりませんかね?
オールドデリー地区から・・・
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ニューデリー地区に戻り、ヤムナー川沿いに位置するインドで最初に建てられた
ペルシャ系イスラム建築様式の墓廟、世界遺産 フマユーン廟を訪れます。
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入場券売り場がやたらと厳重
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1つ目の門を通り抜けたあと振り返って。
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2つ目の門をくぐると ・・・
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手入れの行き届いた庭園に囲まれ、中央にドームをいただいた左右対称、
白大理石と赤砂岩のコントラストが美しいフマユーン廟が姿を現しました。
逆光のため午後からでないと鮮やかな赤が出ませんね
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フマユーン廟は、ムガル帝国の第2代皇帝フマユーンの死を嘆いた妃が
9年の歳月をかけて1565年に建立したもので、これより100年後に第5代皇帝が
亡き妃を偲んで完成させたタージ・マハルの建築様式に影響を与えたと
いわれています。正面入り口から・・・
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急な階段をあがると、
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中央墓室。この石棺はダミーで、本物の石棺は地下にあるそうです。
午前中のデリー市内観光はこれで終了。めちゃくちゃ駆け足!
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市内レストランで昼食。
ガイドのカーンさん曰く「るるぶ」にも載った有名なお店。
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ヒンズー教徒は、ニンニク、ニラ、ラッキョウ、玉ねぎ、アサツキは食べないと
聞いていましたがいきなり出てきたのがペコロスの酢漬け。
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タンドリーチキンとシシカバブ
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豆カレー、マトンカレー、マッシュルーム&グリンピースカレー、じゃがいもカレー、
山椒入りライスとナン。特に美味しいというほどではなく (>_<)
昼食後はニューデリーの郊外へ向かいます。
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インド旅行記は下記のとおりです
①出発~デリー市内観光
②デリー郊外のクトゥブ・ミナール
③風の宮殿 in ジャイブール
④象のタクシーで行くアンベール城
⑤シティパレスとジャンタル・マンタル天文台
⑥14年で捨てられた都ファテープル・シークリ
⑦囚われの間があるアグラ城
⑧インドの至宝 タージ・マハル
⑨アグラからデリーへ そして帰国

by tanpopo-jyo | 2015-09-26 20:32 | インド | Comments(6)

デリー郊外のクトゥブ・ミナール

2015年9月19日(土)

ニューデリーより南へ約15kmの郊外にそびえるインド最大のミナレット(塔)、
クトゥブ・ミナールは、インドで最初のイスラム建築で
1993年に世界遺産に登録されました。
この塔はインド北部を征服した奴隷王朝(1206~1290年)のスルタンが、
ヒンドゥー教徒に対する勝利を記念して建てたもので高さ72.5m。外壁は・・・
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曲線と直線を交互に組み合わせた安定したデザインで、
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コーランの言葉を図案化した彫刻が刻まれています。この塔の北側には・・・
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クトゥブ・ミナールよりもさらに高い塔を建てようとして挫折したアラーイーの塔の
基部が残っています。完成していたらいったい何mの塔になっていたのでしょう?
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クトゥブ・ミナールの隣にはインドで最初のモスク「クワットゥル・イスラム・モスク」が
ありますが、
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ヒンドゥー教寺院を破壊した際に出た石材を再利用して建てられているため、
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石柱にはヒンドゥー教の神、ガネーシャが彫られていたり、
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削り取られていたり。
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中庭には4世紀のグプタ朝時代に100%に近い純度の鉄で造られたという鉄柱が
今も錆びずに残っています。純度が高いために錆びないらしいのですが、
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下部は多少錆びていて、これは酸性雨の影響ではないかとのこと。
1600年経ってこの状態なら素晴らしいと思いますが。
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デリーでの駆け足観光はこれで終了、14時15分、デリーを出発。
今夜の宿泊地ジャイプールまでは260㎞、所要5~6時間と聞いてガックリ。
途中、ジャイプールまで残り95㎞地点で休憩をしたのですが・・・
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目の前をノラ牛の集団 が通りすぎて行きました。オス牛は死ぬまで働きますが
牝牛はシヴァ神が乗る神聖な動物なので、乳が出なくなると放たれるそうです。
ノラ牛は高速道路の中央分離帯を含め、ありとあらゆる場所にいて
少なくとも1日に50~60頭は見かけました。
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20時ジャイプール着。
ガイドのカーンさんはレストランで夕食を済ませてからチェックインと言いましたが
疲れ果てて絶対無理!(何しろ午前2時にデリーのホテルにチェックインした日の
20時ですから) と断固拒否。結局ホテルで夕食(またカレーですけど)。
すごく当たる占い師をホテルに呼ぼうか? と訊かれ これも拒否 (-_-メ)
今夜は寝ます宣言!

インド旅行記は下記のとおりです
①出発~デリー市内観光
②デリー郊外のクトゥブ・ミナール
③風の宮殿 in ジャイブール
④象のタクシーで行くアンベール城
⑤シティパレスとジャンタル・マンタル天文台
⑥14年で捨てられた都ファテープル・シークリ
⑦囚われの間があるアグラ城
⑧インドの至宝 タージ・マハル
⑨アグラからデリーへ そして帰国

by tanpopo-jyo | 2015-09-26 15:10 | インド | Comments(0)

風の宮殿 in ジャイプール

2015年9月20日(日)

ジャイプール JAIPUR は、首都デリーの南西約260kmに位置する
ラジャスタン州の州都で、18世紀にラージプート族 (ラジャスタン州を中心に
ガンジス河中流域に居住する人々の中で地主など支配者層のカースト) の
マハラジャによって作られた街。
タール砂漠の入口にあたるこの地域では、夏(3~6月)は40℃以上、
冬は5℃近くまで冷え込む砂漠気候で荷を引くラクダが道を行き交っています。

ジャイプールには、かつてのマハラジャの邸宅や別荘を改装した宮殿ホテルが
多くあり、前夜泊まったジャイ・マハール・パレス JAI MAHAL PALACE も
そのひとつ。
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重厚さはありませんがメンテナンスが行き届いた機能的なホテルです。
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私たちの部屋は緑の芝生が美しい中庭に面した右端の棟でした。
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張り出しテントの奥がダイニング。
昨夜も今朝も食事はこちらでいただきました。
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5人で朝食をとりながら全員携帯とにらめっこ。どこでも同じですね^^
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ホテルをチェックアウトしてまず向ったのは風の宮殿。
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「宮殿」といっても宮廷の女性たちが自らの姿を見られることなく、
パレードや街の様子を見ることができるようにと造った建物なのでいわば観覧席。
建物の奥行きはほとんどないのがおわかりいただけますか?
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あまりに大きな建物で道路の反対側に渡らないと全貌は撮れないのですが
信号はなく・・・
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様子を伺いながら「せーの!」で
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ダッシュ!!
以前エジプトへ行った時も、あまり信号がなかったので理由を訊ねたら
「信号より命の値段の方が安い」と言われ絶句しましたがインドも同じでしょうか?
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ちょっとしたスリルを味わって全貌を1枚撮りました。小窓は全部で953もあり、
この小窓から風が通るので「風の宮殿」と呼ばれているそうです。
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約10kmの赤い城壁に囲まれたジャイプールは、別名「ピンク・シティー」と呼ばれ、
独特の美しい街並みが有名です。
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建物を赤砂岩で造るためこのような色になるのですが、
元々は1876年にヴィクトリア女王の息子、アルバート王子がこの地を訪れた際に
マハラジャが、王子の好きなピンク色に市街の建物を塗って歓待したのが
きっかけだそうです。次はアルベール城へ向かいます。。。
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インド旅行記は下記のとおりです
①出発~デリー市内観光
②デリー郊外のクトゥブ・ミナール
③風の宮殿 in ジャイブール
④象のタクシーで行くアンベール城
⑤シティパレスとジャンタル・マンタル天文台
⑥14年で捨てられた都ファテープル・シークリ
⑦囚われの間があるアグラ城
⑧インドの至宝 タージ・マハル
⑨アグラからデリーへ そして帰国

by tanpopo-jyo | 2015-09-25 23:43 | インド | Comments(0)

象のタクシーで行くアンベール城

2015年9月20日(日)

風の宮殿のあとはジャイプールの町から北東へ10㎞余りの丘の上にある
世界遺産アンベール城へ向かいました。
アンベール城はイスラムとラージプート(インド北西部のラジャスタン州を中心に、
ガンジス河中流域に居住する人々の中で地主など支配者層のカースト) の
混合様式で建てられた壮大な首都城砦です。
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もともと砦があった場所に1592年、ムガル帝国の第3代アクバル皇帝の
軍司令官であったマハラジャ・マン・スィン1世によって大規模な増改築が始まり
その後も150年増改築は続いて、現状の形になったのは1727年だそうです。
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アンベール城は、岩山の上に築かれた城塞なので、
麓から150mほどの急坂を上る必要があります。
猛暑の中、急な上り坂を歩くのは大変なので、名物の象のタクシーを利用。
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なかにはお化粧している象も。
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象には、2人横に並んで座ります
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100頭余りの象がいますが、1日3~4往復しかできないので
午後では乗れないかも? その場合はジープをチャーターするか歩くかの選択です。
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坂道を自力で上がって来る人々を眺めつつ、象の背中でゆられていきますが
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それほどラクなものではありません。
象には以前も何度か乗ったことがありますし、ネパールでは白サイを追って
ジャングルサファリもしましたが、いずれも平坦な場所。
坂道では揺れが激しく若干乗り物酔いのような気分に。
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象は写真右側の太陽門から第1の広場(宮殿前庭)に入ると、
建物に沿って反時計回りに歩いて・・・
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写真中央に見えるプラットフォームまで連れて行ってくれます。
プラットフォーム手前に見えるのは月門(裏門)。
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第1の広場(宮殿前庭)から階段を上り宮殿内への入口、獅子門をくぐれば
一般謁見の間(写真)がある第2の広場に出ます。
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一般謁見の間前から見たガネーシャ門。
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ガネーシャ門はイスラム様式の影響を受けたスタイルで、
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細かいモザイク装飾と透かし彫りが施され世界一美しい門と言われています。
ガネーシャ門より先はプライベート空間で、門を入ると・・・
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幾何学模様で仕切られたイスラム調の庭園があります。右手回廊側にあるのが
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勝利の間 (夏の離宮) で、
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壁面には涼しげな色彩の壺模様や
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透かし彫りが施されています。
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更に夏を涼しく過ごす工夫として、屋上の水瓶から床下に水を流して各室を循環、
冷却。水は最後にここから滝のように流れ出て水路を伝って庭の草木をうるおす
というしかけも。これはスゴイ!!
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また 勝利の間 (夏の離宮)の対面、イスラム調庭園の左手回廊には・・・
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必見の 鏡の間 (冬の離宮) があります。
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壁、天井どこを見ても一面に施された鏡の装飾は、まさに贅の極み。
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基本が幾何学模様なのはイスラムの影響です。
わずかなろうそくの光が、鏡に反射して増幅され暖かな色に包まれるしかけです。
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鏡はベルギーから取り寄せたそうです。
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庭園からさらに奥に入ると広場の中央に踊り子の舞台があり、
広場の周りにはハーレム。ここでマハラジャは夜ごと宴をひらいたそうです。
10人の側室には1人1部屋、その他は3人で1部屋があてがわれ、
マハラジャは他室を通らずにどの部屋へも行けたといいます。
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勝利の間 (夏の離宮) の所から階上に出ると、
なんと世界一美しいと言われるガネーシャ門の最上部が目の前に。
建物の全体像もわからずグルグル歩いていたのです^^
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アンベール城の出口にはインドの定番? ヘビつかいのおじさん
コブラよりも「チップ入れてけ」オーラの方がコワかった^^
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インド旅行記は下記のとおりです
①出発~デリー市内観光
②デリー郊外のクトゥブ・ミナール
③風の宮殿 in ジャイブール
④象のタクシーで行くアンベール城
⑤シティパレスとジャンタル・マンタル天文台
⑥14年で捨てられた都ファテープル・シークリ
⑦囚われの間があるアグラ城
⑧インドの至宝 タージ・マハル
⑨アグラからデリーへ そして帰国

by tanpopo-jyo | 2015-09-25 17:56 | インド | Comments(0)

シティパレスとジャンタル・マンタル天文台

2015年9月20日(日)

アンベール城の次に向ったのは・・・
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1726年から続くラジャスタン州のマハラジャが今も暮らす7階建ての宮殿、
シティパレス。
門番3人は、観光客相手に「チップくれたら一緒に写真撮るよー」的交渉中。
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左右一対のゾウに守られた・・・
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ラジェンドラ門をくぐると、
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宮殿の一部が博物館、織物の展示館となっており、
ディーワーネカースと呼ばれる貴賓謁見の間に、歴代のマハラジャたちの衣装や
武器などが展示されています(内部は撮影禁止)。
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銀製の壺は一対あり、それぞれの重さは345㎏、容量900ガロン(409ℓ)。
1902年、マハラジャが英国に行く際に沐浴用のガンジス河の水を携行するため
作ったもので、世界最大の銀製品としてギネスに載っているそうです。
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クリーム色の建物がマハラジャの住居部分で、
州旗の上にもうひとつ小さな旗が上がっていれば「在宅」だそうです。
バッキンガム風ですかね?
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中庭に続く、それぞれ異なるクジャクの装飾を施した4つの門のうち、
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一番美しいと思ったのがこちら。絢爛豪華!しかしシティパレスから一歩出れば
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これが現実。
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かつてこのシティパレスに住んでいたジャイ・シン2世は、
天文学に非常に造詣が深く、ペルシャやヨーロッパから膨大な書物を集め、
1728年、自らの居城であるシティ・パレスの一角に天文台をつくりました。
それが世界遺産、ジャンタル・マンタル天文台で、
300年近く経った現在でも現役で利用されているそうです。
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「ジャンタル・マンタル」という言葉は、サンスクリット語で「魔法の仕掛け」という
意味だそうで、一見すると野外アートのような天体観測儀が並んだ不思議な光景。
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最も目を引くのは高さ27.4mもある滑り台のような日時計サムラート・ヤントラ。
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滑り台のような部分の左右に白い弧を描いたようなものがありますが
左が午前、右が午後で・・・
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日の当たっている所と陰の部分の境の目盛りを見ると「10」、つまり午前10時。
実際は午前10時20分だったのですが、この日時計を作った当時は
デリーとジャイプール間に20分の時差があったからだそうです。
目盛りは2分刻みに付いていました。
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地中にくぼんだ半球状の計測儀、 ジャイ・プラカーシュ・ヤントラは、
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円周の4点から線を張り、円の中心に金属板のようなモノがぶら下がっています。
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この金属板のようなモノが作る影の位置で・・・えーと、、、何がわかるんだっけ?
赤道がどうのとか言っていたような気がするのですが?
天文学の知識皆無で申し訳ありません(^^;
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これらは占星術に利用されたという12星座の運行を測る計測儀で、
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双子座はコレでした。
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これも何の計測儀か理解できませんでしたが
中心の針は北極星を指しているそうで、春分の日から秋分の日まではこちら、
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秋分の日から春分の日まではこちらを利用すると言っていた気がします。
天文学の知識があればもっと楽しめたのでしょうに残念です。
ただ18世紀なら既に正確な暦はありましたよね?
何故これらが必要だったのかもいまひとつ不明で (>_<) マハラジャの道楽?
ここにある約20の計測儀の原型は、3世紀前にさかのぼるウズベキスタン・
サマルカンドのものだそうです。
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ランチはこちらのレストランで。
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昨日よりもオシャレなお店だったので一瞬期待しましたが・・・
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昨日の昼と夜に続いて3回目のカレー 。・°°・(>_<)・°°・。
色々な種類のカレーが少しずつ大皿に盛られているのを「タリ」と言うそうです。
左奥からデザートのヨーグルトとグラムジャムー(2口と食べられない激甘!)、
カレーは豆、チキン、チーズ、じゃがいもの4種類。
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13時20分、昼食後は今日の宿泊地アグラへ向けて出発です。
アグラまでは240㎞(約4時間)ほどだそうですが、
アグラ手前にあるたった14年間の都、ファテープル・シークリに寄ります。

インド旅行記は下記のとおりです
①出発~デリー市内観光
②デリー郊外のクトゥブ・ミナール
③風の宮殿 in ジャイブール
④象のタクシーで行くアンベール城
⑤シティパレスとジャンタル・マンタル天文台
⑥14年で捨てられた都ファテープル・シークリ
⑦囚われの間があるアグラ城
⑧インドの至宝 タージ・マハル
⑨アグラからデリーへ そして帰国

by tanpopo-jyo | 2015-09-25 10:29 | インド | Comments(0)

14年で捨てられた都ファテープル・シークリ

2015年9月20日(日)

ジャイプールを出発して3時間半(約200㎞)、
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アグラまであと40㎞という場所にある世界遺産 ファテープル・シークリーは、
インド史上最大のムガル帝国(1526~1858年)が築いた都のひとつです。
第3代皇帝アクバルは絶大な力を誇りましたが、唯一の悩みは世継ぎに
恵まれなかったこと。
シークリ村に住むイスラム教の聖者に相談したところ「王子の誕生」を予言され、
その予言の通りに王子(第4代皇帝ジャハーンギル)が誕生したため、記念として
アグラから遷都して、ファテープル・シークリ(勝利の都)と名づけたのです。
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ファテープル・シークリの建造には5年の歳月を費やしたといわれ、
丘の上に築かれた城壁の中には、赤砂岩の宮殿や巨大なモスクが造られました。
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モスクサイトには王子誕生を予言した聖者の霊廟があり、
子宝に恵まれる巡礼地として、有名な場所だそうです。
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ファテープル・シークリーの建物はほとんど赤砂岩で作られていますが、
用途がわからないものが多いようです。これは沐浴用?
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この五層の塔屋は、インド古来の木造建築に見られる柱や梁の作りを取り入れた
もので、アクバル式と呼ばれる独自の新しい建築様式とのこと。
ここから月を眺めたのでは?とか或いは・・・
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女官たちによる「人間チェス」を見下ろす時に使われたのでは? と言われています。
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こちらは第1夫人の部屋ではないかと言われる建造物。小さな建物ですが、
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壁や、
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天井には精緻な彫刻がなされ、石造でありながらまるで木造建築のような
装飾を見ることができます。
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予言通りに誕生した王子(第4代皇帝ジャハーンギル)のために作られた学校も
梁の部分などにヒンドゥー世界の建築の要素を積極的に取り入れています。
ムガル帝国はイスラムの国ですが、領土の拡大とともに多くの異教徒を抱えて
いました。皇帝アクバルは、インドの全ての異教の王朝を収めるために
それまで異教徒に課していた税金などを廃止し、諸宗教を尊重。
さらにヒンドゥー教の豪族たちを要職に就かせ、彼らの娘を後宮に迎えたとも
言われています。
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私的謁見室と考えられている建物の内部はとてもユニークなデザインで、
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7m四方ほどの部屋の中央に・・・
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無数の持ち送りで飾られた太い柱があり、その上に対角に通路が渡されています。
アクバルは自らを神として、人々が真上を見上げなければならないような所に、
玉座を設けたと言われています。
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また重臣と内密の話をする時も、通路からは一人しか通れないので
暗殺の危険から身を守ることができたのだそうです。
全て赤砂岩でできているとは思えないつくりですよね!
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アクバルは、この都で、イスラムとヒンドゥーの文化が共存する「新しい文化」を
誕生させ、後のムガル朝やインドの他の建築物に大きな影響を与えましたが
遷都後わずか14年(1574~1588年)でここを放棄し、
現在のパキスタン、ラホールへ都を移してしまいました。
その理由は諸説ありますが、慢性的な水不足と暑さが大きな理由だろうと
言われています。たった14年で幕を閉じたファテープル・シークリは、
戦乱にさらされることも、破壊されることもなく良い状態で残されています。
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ファテープル・シークリを出発して今夜の宿泊地アグラまで1時間余り。
アグラへ着いたときには19時をまわり真っ暗。
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怪しげな街だけど大丈夫?
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インド旅行記は下記のとおりです
①出発~デリー市内観光
②デリー郊外のクトゥブ・ミナール
③風の宮殿 in ジャイブール
④象のタクシーで行くアンベール城
⑤シティパレスとジャンタル・マンタル天文台
⑥14年で捨てられた都ファテープル・シークリ
⑦囚われの間があるアグラ城
⑧インドの至宝 タージ・マハル
⑨アグラからデリーへ そして帰国

by tanpopo-jyo | 2015-09-24 23:39 | インド | Comments(0)